疑惑と励ましのピーチパイ①
(良かった……わたし、生きてた)
目覚めれば騎士団で使わせてもらっている部屋のベッドの上だった。
以前わたしが飲んだセシリア様の毒は未完成だった。今回も一か八かで飲んだけど、命を落とさなくて本当に良かった。
(あ、さらに幼児化が進んでいたりなんてことは……)
わたしは腕を上げると、じっと手の平を見つめた。うん、八歳のままだ。
「リーいサああ?」
自分の身体を確認していると、聞き慣れた声が怒りで震えていた。顔を横に向ければ椅子に座っていたお兄様が笑顔を貼り付けた表情でわたしを見ていた。
「お兄様……どうして」
「お前に何かあったら僕に知らせが飛んでくるんだよ? 慌てて転移してみれば、また毒に倒れているじゃないか」
お兄様はわたしの胸元のペンダントを指差し、にっこりと笑う。静かに怒っているようで怖い。
お兄様のペンダントの効力に驚きつつ、わたしは頭を下げた。
「ご、ごめんなさい、心配かけて。でも、あのときはああするしかなくて……」
「ああ……リーサのおかげでライアンは無事だった。ありがとう。飲んだのがライアンだったら死んでいただろう」
「どういうこと? 毒が不完全だったんじゃなくて?」
ああ、もしかしてわたしにはこの毒の耐性ができたとか?
首を捻っていると、お兄様がわたしの頭を撫でる。
「……ったく、無茶して。無事で良かった」
「うん……」
いつもは嫌だと思う子ども扱いも、安堵の目でわたしを見つめるお兄様の顔を見ればどうでも良くなった。
「お兄様、それで……毒のことをライアン様には?」
「ああ。お前が目の前で倒れたんだ。さすがに話したよ。ライアンは神殿の中に王太子派が紛れていて、自分を暗殺しようとしたんだろうと言っていたな」
「やっぱりセシリア様の仕業だとは思わないわよね」
お兄様の説明に頭を抱える。一番気を付けなければいけないのはセシリア様なのだから。
「ああ……あの瓶だけじゃ問い詰めることもできないし、体内に毒も残らないしな。まあ、あいつの呪いが解けるまでは黙っておこう。余計な心痛を与えたくない。聖水はもう飲むなと言っておいた」
「えっ!? 呪いを解く方法をお兄様は見つけているの!? それに聖水を飲むなってどういうこと!? 飲まないと魔力が淀んでしまうわ!」
お兄様の供給過多な情報に、わたしは矢継ぎ早で質問した。
「リーサ、約束通り騎士団でパンを振舞っているそうじゃないか。しかもジャムを活かしたお菓子まで。騎士たちがリーサのことを騎士団の女神だと言っているのを聞いたぞ。さすが僕の妹」
「お兄様……はぐらかさないで」
お兄様は本気で誇らしげに笑っている。わたしは恥ずかしくて頬を膨らませた。
「ああ。リーサはこれまで通りそのスキルで騎士たちの胃袋を掴んでいるといい」
「だから……」
意味が分からずお兄様を問い詰めようとすれば、部屋の扉がノックされた。
「入れよ」
なぜかお兄様が入室の許可をする。すると、浮かない顔のライアン様が入ってきた。
「リーサ……目を覚まして良かった」
「僕が魔法でこいつに手紙を飛ばしたんだ」
空気が重いライアン様とは真逆のお兄様があっけらかんと話す。
「すまなかった……!」
「ライアン!?」
勢いよくわたしに頭を下げたライアン様にぎょっとする。ライアン様は構わず続けた。
「俺はリーサの忠告を聞かずに、君を危険に晒した……ハリソンが駆けつけなければ、今ごろどうなっていたか……」
「顔を上げてください!」
苦しそうに絞り出すライアン様の声に、わたしの胸まで苦しくなる。
「治癒魔法が効かず弱っていくリーサに、俺は何もできなかった……本当にすまない! ハリソンの治癒魔法が効いて良かった……」
(お兄様、治癒魔法も使えたのね……)
ちらりとお兄様を見れば、ぐりぐりと頭を撫でられる。命の恩人を邪険にできない。わたしはそれを甘んじて受け入れた。
「ハリソンもすまなかった……預かると言っておきながらこんなことになってしまい……」
「あーもう、お前は固いんだよ!」
まだ頭を下げ続けるライアン様にお兄様が呆れ気味に放つ。
「なっ――妹の命が危険にさらされたんだぞ? ハリソンは俺を殺してもいいはずだ」
「あー! それが重いって言っているんだよ! リーサが命がけで守ったお前の命を、どうして僕が奪えるんだ!」
「……すまない」
お兄様の言葉にハッとすると、ライアン様は黙りこんでしまった。
「とにかく、お前にはまだリーサを預かってもらうから」
「――っ、まだ俺を信じて大切な妹を託してくれるのか?」
パッと顔を上げたライアン様に、お兄様が頭をガシガシかきながら告げる。
「あ~、そうだよ。だからお前はリーサのパンをよく食べ、リーサを守るんだな」
「わかった……。今度こそ命に代えてもリーサを守ろう」
「命はかけんな!」
お兄様が変なことを言っているのに、ライアン様は真面目に返している。ちぐはぐな二人だけど、信頼しあっていて仲が良いのだと改めて思う。
「ふふっ」
わたしが笑い出すと、二人はわたしに視線を向けた。
「リーサ、俺のいざこざに巻き込んですまなかった。今後は君の言うことに従う」
「ライアンは悪くないですよ。本当に無事で良かった」
ベッドサイドまで来ると、ライアン様は跪いてわたしを見上げた。八歳の子どもの言うことを聞くなんて、どこまでも真面目で誠実な人だ。
「リーサ……ありがとう」
ライアン様はようやくその固い表情を緩めると、わたしの頭を優しく撫でてくれた。
わたしを見つめる金色の瞳が優しくて。子どもに向けるものだとわかりつつも、わたしはドキドキしてしまう。
「――へえ?」
「お兄様?」
口の端を上げて考え込むお兄様を見上げると、お兄様はにっこりと笑って言った。
「リーサ、今回のことで事情徴収をするから、明日僕の執務室に来てくれるかい? ああ、ライアンが送り迎えをしてくれ」
「うん?」
「わかった」
なぜか嬉しそうなお兄様にわたしは首を傾げた。




