騎士団の小さな女神④
「リーサのジャム、食事にも使えそうじゃない?」
「食事に?」
今日もライアン様と朝食を終えたわたしは、厨房で皿洗いをしている。
隣で皿を拭くテオが楽しそうに話す。ちなみにライアン様とクレイブさんの約束により、テオは必要以上にわたしに近付くことはなく、距離を保っている。
「そう。リーサのお菓子を見ていたら、ジャムの粘度まで調節できるんだろ? あの量を夜のうちに一人で作っちゃうなんてすごいよ!」
「あはは、ありがとう」
果実に触れるだけで一瞬にしてジャムにしているとは言えない。下処理必要なし、火加減必要なし。考えてみれば、便利なスキルよね、うん。
「それでさ、肉料理に果実のソースを使ったりするだろう?」
「ベリーとかオレンジとかね!」
ピンときたわたしに、テオがにかっと笑う。
「そう! さっすがリーサ! 夕食の肉料理にリーサのソースを添えたら騎士たちも喜ぶと思ってさ!」
「それいいわね! 今日はおやつの時間もないし」
今日は魔物退治の日だった。そんな日でも騎士たちは変わらず笑顔で朝食を平らげ、出かけて行った。
ライアン様も「また夕食の時間にな」とわたしの頭を撫でていってくれた。
今日は王都から近い山林区域の討伐のため、夕方には帰ってこられるらしい。魔法省専用の汽車があるからあっという間だ。
「リーサが夕食も手伝ってくれるならありがたいな!」
拭き上がった皿を運ぶためにクレイブさんがやって来て、がははと笑う。
「あ、でも……ソース作りは……」
「ああ。ブルーベルの領外秘だもんな。仕込み時間の前を厨房立ち入り禁止にするから、その間に作ってくれるか? リーサはいつも仕事が早いから助かるよ」
「ありがとうございます」
わたしもあははとクレイブさんに笑顔を向けた。
(ソースを作るには粘度を緩くすればいいだけだから……あとは味ね)
果実を変化させるのはあっという間だ。あとは果実の甘さや酸味のコントロール。必要があればスパイスだって加える。そうして作ってきたジャムは製菓のためのもので、料理に使うのは初めてだ。
わたしはジャムスキルの新しい可能性にわくわくした。
片づけを終え、わたしは食堂でクレイブさんに夕食の肉料理について話を聞いた。
「今日は討伐帰りの騎士たちを労うためにもチキンステーキだ! 仕入れたチキンはジューシーで脂がのっているからな。さっぱりとしたソースで仕上げたい」
「さっぱりですか。オレンジが合いそうですけど、手に入りますか?」
紙にペンを走らせ、クレイブさんが料理の絵を描いてくれる。
それは絵だけでも美味しそうで、クレイブさんの別の才能にわたしは驚かされた。
「オレンジか……ギリギリ城下町には出回ってるだろうな。よし、仕入れてくるから待ってろ!」
「クレイブさんが直接行くんですか!?」
ぎょっとするわたしにクレイブさんがにかっと笑う。
「おうよ! 人手不足になる前はよく朝市に出て自らの目で見てたもんよ! まあ今は信頼する業者に頼んであるが、たまには見に行かないとな! リーサも来るか?」
「わたしは……」
王都の街は人が多くて苦手だ。しかも今はこんな小さな身体だし、万が一にもセシリア様やジョセフに見つかるリスクは避けたい。
考え込んでいると、クレイブさんはわたしの頭に手を置いてにかっと笑った。
「団長の許可なく連れ出したら、おれが怒られるな」
「すみません……」
「謝るな、謝るな! 手間をかけさせているのはおれたちなんだから!」
ライアン様とはまた違ったゴツゴツした大きな手。お父様と同じ職人の手だ。その手の温かさに胸がほわんとなる。
「ありがとうございます」
わたしがお礼を告げると、クレイブさんは親指を立ててにかっと笑った。それから話を終えたグレイブさんは、城下町へと出かけていった。
♢ ♢ ♢
「できた……!」
いつもなら騎士たちにおやつを運ぶ時間。わたしは夕食用のオレンジソースを完成させた。
鍋で煮込んだように見せるため、オレンジは鍋の中でトロトロのジャムに変化させた。果実感はチキンの触感を邪魔しないよう、ほんの少しだけ。塩こしょうで少しピリッとさせつつも、爽やかな味に仕上がった。
「あとはクレイブさんに味見をしてもらって……」
小皿にソースを取り分けようとしたそのとき、厨房の外から怒号が聞こえた。
「おい! 早く聖水を持って来い!」
厨房は今立ち入り禁止のため、こんなときでも誰も入ってこない。わたしは何事かと厨房を飛び出した。
厨房を出て食堂を通り過ぎれば、料理人たちがバタバタと走って来る。
「ねえ、どうしたの?」
「あ、ちょうど良かった、リーサ! 聖水を運ぶのを手伝ってくれ!」
「騎士たちがもう帰ってきたの? 予定より早くない?」
ただごとではない雰囲気に、わたしも息を呑む。
「報告になかった大型の魔獣が出没したらしい! 同行した治癒魔法の使い手に怪我の治療はしてもらっているが、魔気を大量に受けたらしいから、ストック分の聖水も解放しないと!」
「わかった。手伝うわ!」
初めてここに来たときのことを思い出して、わたしは震えた。あのときよりも酷い状況ということだろうか。
倉庫に着くと、大量の聖水が木箱に保管されていた。
(聖水ってセシリア様が作っているんだよね……)
毒を作るような聖女が騎士たちの聖水を担っているなんて不安だ。
(でもセシリア様の狙いはライアン様で、さすがに騎士団全員に手を出すことはことはないはず……。あんなに足が付くことを懸念していたのだから)
わたしが騎士団に滞在してからも騎士たちは魔物討伐に出かけ、聖水を口にしている。問題は見られなかった。
「よし、運ぶぞ!」
聖水の数を確認し終えた料理人の声で我に返る。
今は一刻も早く聖水を騎士たちに届けなければ。




