騎士団の小さな女神②
「うま~!!」
「このパリパリの生地とトロトロのジャムがたまんねえ!」
食堂へ移動して、テーブルに着席した騎士たちがクレープを頬張り、顔を緩めている。その光景にわたしの顔も笑顔になってしまう。
元々厨房のみんなとの時間だったため、料理人たちもテーブルについてクレープを食べている。
「まったく……訓練を終えたから、各自部屋に戻れと言ったのに」
「まあまあ。あの甘くていい香りには騎士たちもつられてしまいますよ」
ライアン様が呆れた顔で騎士たちを見渡す。ルース様はそんなライアン様を宥めるように椅子に座らせた。
「あー、こんな美味しいものが毎日食べられるなら俺もリーサちゃん嫁にほしいわ」
「なっ、リーサは嫁にはやらん」
騎士の一人が何気なく放った言葉にライアン様が立ち上がろうとする。それをルース様が制する。
「団長……リーサちゃんは預かっているだけですよね? あなたにそんなことを言う権限はないのでは?」
「……っ、だからこそだろう……」
ライアン様はそのまま黙ってしまった。
責任感が強いを通り越して、娘を可愛がる父親みたいになってない? ハリソンお兄様と姿がかぶって、わたしはくすりと笑った。
「ライアン、焼き立てですよ。どうぞ」
テオと配膳を終えたわたしは、ワゴンを引いてライアン様のテーブルまでやってきた。このワゴンももちろん魔道具で、どれだけ料理を載せても軽い力で押せてしまう、現場で役立つ代物だ。わたしも領地の家々にパンを配達するときに使っている。
「ああ、ありがとう」
「ライアン!?」
なんということだろう。ライアン様はわたしを抱き上げると、そのまま自分の膝の上に座らせた。
「騎士団も安全ではないらしい。俺がすぐ近くでリーサを守らないと」
「安全ですよ!!!」
真面目な顔でそんなことを言うライアン様に思わずツッコんだ。
「ははは。団長の気苦労を減らすと思って、思い通りにさせてやって」
ルース様にそう言われて、わたしはうっと口を噤んだ。
わたしはライアン様を守るために潜入しているのだ。わたしがライアン様を煩わせてはいけない。
(あれ、そういえばライアン様が苦しんでいる姿を見かけないな)
わたしはふと思う。ライアン様は今も人に知られないよう苦しみに一人で耐えているのだろうか。わたしが来てから魔物退治にも出向いているけど、呪いで苦しんでいる様子を見たことがない。呪いが落ち着いているのだったら良いのだけど。
「ほら」
「?」
じっとライアン様を見つめていれば、フォークを口元に差し出された。フォークには切り分けられたクレープが刺さっている。
「わたしの分は別にあるので、自分で食べますよ……?」
目をぱちくりさせるわたしにライアン様は目元を緩ませた。
「予定にない人数のクレープを焼いて疲れただろう。いいから遠慮するな」
(笑っ!?)
その顔に驚いたのはわたしだけではない。クレープを平らげ、わたしたちのテーブルをチラチラ見ていた騎士たちからもどよめきが起こった。
「だ、団長が微笑んで……!」
今の表情はさすがにわたしでもわかる。優しい金色の瞳がわたしに向けられ、顔に熱が集まってしまう。
「ほら、リーサ。あーん」
(あーんって!!)
これがお兄様なら、子ども扱いしないでと怒るところだ。でもライアン様相手では心臓がドキドキと落ち着かなくてどうしていいかわからない。
「リーサ?」
(ええい!)
わたしを覗き込むライアン様の微笑みに耐えられなくなり、わたしは思いっきりフォークに食いついた。
(味……わかんない)
もぐもぐとクレープを咀嚼すれば、ライアン様が皿に手を伸ばす。
「俺もいただこう」
「!?」
ライアン様はクレープを切り分けると、あろうことかそのフォークのまま口へと運んだ。
(か、間接キスでは!?)
熟れたりんごのように、わたしの顔が真っ赤に染まる。
「……団長、まるでリーサちゃんが婚約者のようですね」
「んぐっ」
「リーサ!? 大丈夫か?」
ルース様の発言にクレープを喉に詰まらせたのはわたしだ。ライアン様が慌てて水を差しだしてくれる。
「こんな幼い子を捕まえて何をバカなことを……」
わたしの背中を撫でながらライアン様がルース様を睨む。わたしはゆっくりと水を喉に流し込んだ。
「バカじゃないですよ。リーサちゃんは立派な淑女ですし、八歳といえどすぐに成長しますよ。親戚でも結婚はできますでしょう」
「リーサの話以前に、俺は結婚する気などない。跡取りもアスター家と縁のある家から養子を迎えるつもりだ」
ライアン様の話にわたしは顔を上げる。
彼がそう言うのは、単に女性が嫌いというだけではなく呪いも関係するのだろうか。
そう言い切るライアン様に切なさがこみあげた。
「でも団長、リーサちゃんが来てから体調がいいですよね?」
ルース様のその言い方に、呪いのことだとわたしはすぐに気づいた。
(ルース様はライアン様の呪いのことを知っているんだわ)
副団長なのだから当然だろう。そして周りの騎士たちはもちろん気づいていない。「団長、調子が悪かったのか?」などと話している。
「……ルース」
「はいはい、すみません。もう口を閉じますよ。俺もリーサちゃんのクレープを味わいたいし」
ライアン様に睨まれたルース様はそう言って笑うと、クレープを切り分け始めた。
わたしは怖い顔をしたライアン様に不安になった。あのときのライアン様は本当に辛そうで。本当に体調が良くなったのか確認したくなった。
「ライアン……」
「なんだ、リーサ?」
怖い顔からいつもの無表情に変わり、ライアン様がわたしを見下ろす。
「体調、悪いの? 今は?」
ぎゅっとライアン様のシャツを握りしめれば、彼はふっと笑みをこぼした。
「リーサが心配することはない。確かに体調を崩していたが、リーサが来てからは調子がいいんだ。毎日美味しいパンを食べさせてくれているからかな」
「!」
その笑顔にわたしの心臓がぎゅっと掴まれたみたいになった。
「へーへー、美味しいパンを提供できていなくてすみませんでしたねえ」
いつの間にかクレイブさんがわたしたちのテーブルまで来ていて、拗ねたように言った。どうやらお皿を片付けるため回収して回ってくれていたようだ。
「そういうつもりで言ったんじゃない、料理長。いつも君たちが俺たちの身体を考えて料理を作ってくれていること、感謝している」
「……驚いた」
真面目な顔で返したライアン様にクレイブさんが目を丸くした。
「寡黙な騎士団長が俺たちを労ってくれるなんて。これは本当にリーサ効果だな」
「えっ!? ライアンは確かに寡黙ですが、最初からみんなを思いやっていたし、優しいですよ!」
クレイブさんがにやりと言うので、わたしは思わず声をあげた。
クレイブさんは目を大きく見開いてわたしを見ると、大声で笑った。
何か変なことを言っただろうかと慌てる。ルース様まで口に手をあてて笑っている。
「リーサ……」
頭上のライアン様の低い声に心配になって見上げれば、彼の顔が真っ赤になっていた。つられてわたしまで真っ赤になってしまう。
「体調が悪いのをもう隠さないでくださいよ。出す料理だって考えるんですから」
「ああ……ありがとう」
ぐっと親指を立てたクレイブさんに、ライアン様がお礼を言う。クレイブさんはわたしにウインクをすると、ワゴンを押して食堂を出ていった。
「団長! 俺たちも頼ってください!」
「そうですよ! 何ともない顔でいつも通り討伐や稽古をされているから気づかないですよ!」
瞬間、わっと騎士たちがライアン様を囲んだ。
「あ、ああ……ありがとう」
戸惑うライアン様の言葉に、騎士たち全員が口元に手をあて震える。どうやら感動しているようだ。どこかライアン様に緊張していた騎士たちの空気が変わるのを感じた。
「へえ……これは本当にリーサちゃんのおかげだねえ」
「え??」
にっこりと笑うルース様の謎の言葉にわたしは首を傾げる。
「そうですよ! リーサちゃんは俺たちの女神!」
「確かに俺たちも、ジャムパンのおかげで魔力の淀みが軽くなった気がする!」
「朝食の女神?」
「いや、騎士団の女神だ!!」
うおーっと騎士たちが盛り上がり、叫ぶ。
「め、女神??」
またそんな恥ずかしい二つ名を!? 魔力の淀みが軽くなったのも気のせいでは!? みんなジャムパンを神格化しすぎじゃない!?
「……そうだな。リーサは騎士団の女神だ」
狼狽えるわたしをライアン様が覗き込む。そしてその長い指でわたしの唇の端を拭った。
「ジャムがついてた」
ふっと笑ってその指を舐めたライアン様が色っぽくて、わたしの顔が爆発する。
「リーサ!? 大丈夫か? 疲れたのか?」
ライアン様が心配して覗き込んだが、わたしはそのままフリーズしてしまった。
「ほら、お前らが騒ぐからだ。解散!」
ライアン様の号令に、騎士たちがはーいと食堂を出て行く。
「ふふ。本当に仲が良いですね」
ルース様だけは楽しそうに笑い、まだクレープを食べていた。




