騎士団の小さな女神①
「今日も騎士たち、にっこにこで訓練に出かけたね」
踏み台に乗ってお皿を洗うわたしに、テオが食器を運びながら話す。
騎士団の朝食のパンを任されるようになり、はや一週間。
セシリア様が騎士団に現れることもなく、動きもない。平和な日常だ。
わたしもすっかりこの小さな身体に慣れつつある。夜にジャムを作り、朝は厨房でパンを焼く。お兄様が用意してくれた手袋のおかげで快適に働けている。しかも騎士団の厨房のオーブンは、お父様製の魔道具だ。使いこなすわたしにみんな驚いていたけど、ブルーベルベーカリーのものと同じだと言えば納得してくれた。
今日もライアン様と朝食をとったわたしは、厨房で片付けの手伝いをしていた。
ライアン様と騎士たちは、今日は魔物討伐がないため稽古中だ。
魔法省に属する騎士団はいくつかに分かれており、ライアン様が率いる魔法騎士たちは魔物討伐専任のエリートチームだ。
「いやー、リーサに厨房に入ってもらって助かってるよ!」
「本当ですか? 良かったです」
クレイブさんが洗い終えた食器を片付けながら豪快に笑う。人手不足のため、料理長だろうと片付けはみんなでするらしい。
「それに、リーサのおかげで厨房の雰囲気が良くなったよ。料理長もご機嫌だしさ、ありがとね」
「ええ? そうなの?」
テオがわたしにこそこそと耳打ちをする。近くにいた料理人たちもうんうん頷いている。
テオはわたしの一つ上の十九歳らしく、その明るい性格からすぐに仲良くなった。ここの料理人たちは良い人たちばかりで、わたしもよくしてもらっている。子どもだという贔屓目を差し引いても、わたしをパン職人として認めてくれていて、働きやすい。
「あれ? リーサ、このジャムは?」
「ああ、それね。わざと残しておいたの」
テオが作業台の上の瓶に目をやった。すると料理人たちが集まってくる。
「なあ、それ俺が食べていいか!?」
「あ、ずるいぞ! 俺が食べる!」
「おい、リーサが驚いているだろ」
言い合いを始めた料理人たちをテオが止める。
わたしはくすりと笑ってみんなを見た。
「今日はそれでクレープを作ろうと思っていたの。みんなも食べる?」
「「「食べる!!」」」
わたしの提案にみんなだけじゃなく、テオやクレイブさんまで大きな声で返事をした。
それから片づけを終え、わたしはクレープを作り始めた。
パン屋を始める前、こうしてお菓子を作っては、わたしお手製ジャムを添えて領民たちに振舞っていたものだ。懐かしくて嬉しくなる。
小さなころからやっていたから、この身体でもお手の物だ。
「リーサって手際いいよな。ぼく、そのうち副料理長の座を奪われるんじゃないか?」
手伝いを申し出てくれたテオが笑いながら言う。テオが生地を作り、わたしが焼いていく段取りだ。
「わたしはずっとここにいるわけじゃないし、テオみたいになんでも作れるわけじゃないから奪えないよ?」
くすくすと笑って返せば、テオは唇を尖らせる。
「ええ~、ずっとここにいればいいじゃん。あ、でも公爵家に縁のあるお嬢様なんだっけ。それなのにリーサって話しやすいよな」
「わたしが偉いわけじゃないから……」
実際には伯爵令嬢なわけなのだけど、それでも偉くはない。わたしは苦笑いで返す。
「……リーサって八歳、だよな」
「うん?」
改まって質問するテオに首を傾げた。手元ではバターの良い香りが漂ってきている。ブルーベル産の小麦を使ったクレープは美味しいに決まっている。
「うん……ありだな」
じゅ~っと美味しそうな音がして生地をひっくり返していると、ブツブツ呟いたテオが真剣にわたしを覗き込んだ。
「なあ、リーサ。ぼくと結婚しないか?」
「はあ!?」
テオの唐突な申し出に、わたしは素っ頓狂な声を出した。その間も焼きあげた生地を皿に移して次を焼く手元を止めない。悲しきかな、職人魂。テオは気にせずに続けた。
「ぼく、実は自分の店を持つのが夢だったんだ。リーサとなら気も合うし、結婚生活も店も上手くやっていけると思う」
「わたし、八歳だよ!?」
驚くわたしから皿を受け取ると、テオはわたしの手を握りしめた。
「もちろん今すぐじゃないさ。婚約だけして、リーサが十八になったら結婚しよう」
「ええと……」
どこからツッコんだらいいのだろう。わたしはもう十八だし、今の姿は仮の姿だ。リーサという存在しない人間と婚約できるのだろうか? いや、ツッコむべきところはそこじゃない。
わたしが答えあぐねていると、厨房に冷ややかな声が響いた。
「リーサはダメだ」
「ライアン!?」
「だ、団長!」
声がした入口を振り返ると、ライアン様とルース様が立っていた。その後ろには野次馬のように騎士たちが厨房を覗き込んでいる。
「稽古は終わったのですか?」
尋ねるわたしにライアン様が早足で向かってくる。
「あ、あの……」
ライアン様の吹雪でも吹かせてしまいそうな冷たい表情に、テオの声が震えている。
「リーサは大切な客人だ。本人が手伝いたいというから厨房の仕事を許可している。料理長……」
「あー、はい。すみません。テオ、冗談が過ぎるぞ!」
ライアン様に睨まれたクレイブさんが、頭をかきながらテオを叱責する。
「ぼくは本気です。軽はずみな気持ちで言ったんじゃありません」
「テオ!?」
テオはライアン様の前に歩み出ると、きっぱりと宣言した。
「団長はリーサの気持ちを優先するんですよね? ならこれはリーサとぼくの問題です。リーサを口説くのはぼくの自由ですよね?」
「俺はありとあらゆるものからリーサを守らないといけない。それは悪い虫もだ」
(お、お父様?? いや、お兄様??)
ライアン様の凍てついた瞳がテオの主張を跳ね除ける。
――いやいや、二人とも何を言っているの? わたし、子どもだよ?
ぽかーんとするわたしを置いて二人は睨み合っている。
見かねたクレイブさんが二人の間に入った。
「は~、ったく。リーサが驚いてるじゃねえか。テオ、リーサは大事な戦力だ。許可を取り下げられたら仲間が困る。この騎士団が女性禁止なのはそういった、いざこざが起きないようにするためだ。覚えてるだろ? リーサを口説きたきゃ団長の預かり期間が終わってから正式にリーサの家に申し入れるこった」
「はい……」
まだ納得しきれていない顔でテオが頷く。クレイブさんが今度はライアン様に向き直る。
「団長、リーサが厨房にいる間はおれが責任を持って手出しさせない。ただ、人の気持ちをどうこうすることはできないから、テオがリーサを想うのは許してやってほしい」
「……リーサに触れないと誓うならいいだろう」
「よし、これで解決だな!」
ライアン様とテオはまだ不服そうな顔をしていたが、クレイブさんが手を叩いて無理やり話を締めた。
どうしてこんなことに? うーんと唸るわたしに静観していた騎士たちがおそるおそる話しかける。
「あの、リーサちゃん……? その美味しそうな香りのものは、俺たちも食べられるのかな?」
「あ……」
皿に積み上げたクレープへ騎士たちの目は釘付けだ。こっそり厨房のみんなだけで食べようと思っていたのだけど、見つかったなら仕方ない。
「はい! みんなでおやつの時間にしましょう!」
まだお昼前だけど、というわたしの呟きは騎士たちの喜びの雄叫びによってかき消されたのだった。




