騎士団潜入⑤
「わたし、あのまま寝ちゃったのね」
翌朝すっきりと目覚めたわたしはベッドから抜け起き、カーテン横の魔道具に触れる。
カーテンや窓の開閉をボタン一つでできてしまうこの道具は、お父様が開発したものだ。我が家の窓にはすべてこれが取り付けてあるため、操作もお手のもの。椅子によじ登れば、空が明るくなろうとしているのが見える。まだ日が昇る前らしい。
テーブルの上にサンドイッチが置いてあるのを見つける。そういえば、鍵もかけることもなく爆睡してしまった。
「食堂で一緒に食べる約束をしていたのに、わたしが寝ていたから起こさずにいてくれたんだわ」
テーブルの上のサンドイッチを口に入れ、何気なく部屋を見渡したわたしはぎょっとした。
殺風景だった部屋に、ドレッサー、子ども服がかかったハンガーラックがいつのまにか置かれている。
椅子からぴょんと飛び降り、ドレッサーまで行けばメッセージカードが置いてあった。
『愛するリーサへ。お兄ちゃんより』
「お兄様……」
子ども服の替えなんて持っていなかったし、騎士団にもあるわけがない。
(助かったけど……きっとライアン様が運んでくださったのよね?)
また迷惑をかけたのではと、申しわけなく思う。
(うーん、ライアン様はああ言ってくれたけど、お世話になるからには、何かできないかしら?)
とりあえずお兄様が用意してくれた服に着替えて、髪を結う。さすがお兄様。可愛い髪飾りがいっぱいだ。
まだ見慣れない茶色の髪を一つにまとめると、わたしは空いたお皿を持って厨房へと向かった。
「おい! スープはできてるか!? もうすぐ騎士たちが朝稽古を終えてやってくるぞ!」
厨房の入口に差しかかるなり、怒号が聞こえる。中をこっそりのぞけば、修羅場だ。料理長らしき人の指示で料理人たちが右往左往している。
(うーん、お皿を返すどころじゃないわね)
邪魔になってはいけないと思ったわたしは、踵を返す。
「おい! ジャムが切れてるんだから作っとけって言っただろ!」
料理長さんの叫びにわたしはぴたりと足を止めた。
「人手不足なんですから、ジャムにまで手が回らないですよお。いい加減、可愛いキッチンメイドでも雇ってくださいよ!」
「騎士団は女性禁止だ!」
「掃除で通うメイドは既婚女性ばかり。職場に出会いもなければ、潤いもない! だから若いやつが辞めていくんですよ~」
「そんなことで辞めていくやつは、どのみち騎士団での厨房は務まらん!」
料理長と料理人は、手を動かしながらも言い合っている。他の料理人たちは一切気にかけることなく、忙しそうに走り回っていた。
(本当に女性禁止なんだ)
中身大人のわたしがここにいることに、罪悪感を覚える。
「ええい! 今日はジャムなしで我慢してもらおう! バター出しとけ!」
料理長の叫びにハッとする。
みんなが慌ただしく動いている厨房の奥には、ジャムにしようとしていたらしい桃が置かれている。
「よし、運ぶぞ!」
料理長のかけ声で、みんなが一斉に厨房から出て行った。メイドがいないから、セッティングやサーブも彼らの仕事なのだろう。
がらんとなった厨房を見て、わたしは思った。
わたしなら、一瞬にしてジャムを作れると。
(ライアン様に何かしたいと思っていたけど)
彼にわたしのジャムパンを食べてほしいと思っていた。
わたしは厨房に入り、桃が置いてある作業台へと近付く。近くにあった椅子を作業台へ寄せると、そこによじ登った。
(ジャムを煮詰めるための鍋に桃を移して……)
鍋にすべての桃を入れると、わたしは手袋をはずして桃に触れる。
たくさんあった桃はあっという間にジャムへと姿を変えた。
「よし!」
その出来に満足したわたしは手袋を手に戻し、椅子から降りようとした。すると。
「お前! ここで何をしている!?」
怒号とともに厨房に戻って来た調理長にわたしは見つかってしまった。
「ジャムを……代わりに作っておきました」
「……お前が?」
調理長はわたしを睨みながら近付いてくる。
不審者が厨房にいたら、わたしだって警戒するだろう。
わたしは椅子から飛び降りると、調理長に向かって礼をとった。
「リーサと申します。アスター騎士団長とは親戚関係で、しばらくお世話になります」
「騎士団長の?」
まだ疑いの目を向ける料理長は、鍋に視線を向ける。
「……香りはいいな。こんな子どもが毒なんて入れないか」
料理長は右手で鍋からの香りを鼻に流すと、スプーンを取り出した。少量のジャムをすくい、口に入れる。
「……っ! これは……!?」
料理長の目の色が変わる。
「これを、本当にお前が?」
信じられないといった表情で調理長がわたしを見るので、にっこり笑って答える。
「はい。わたしはブルーベルベーカリーで働いていましたので」
「こんな子どもを働かせているのか!?」
さすがに無理があったかしら。
「しかしこの腕前なら年齢問わず俺でも採用する……さすがブルーベル伯爵領だ……なるほど。あのパン屋は底がしれんな」
料理長は驚きで目を見開いていたが、ブツブツと呟くとすぐに、にかっと笑顔になった。
「よし! 今日の朝食にはこのジャムを出す!」
「いいんですか?」
料理長に認められ、わたしはぱあっと顔を輝かせる。
「ああ。最近の騎士たちはジャムがお気に入りみたいでな。バターでは不満で騒動が起こるところだった! おかげで助かったよ!」
「ええ……そんなに?」
豪快に笑う料理長に大げさだなと苦笑する。でも料理長は至って真面目らしい。
「この前騎士団長が持って帰ってきたジャムパンが原因で、騎士たちの舌が肥えてしまったんだよ。バターじゃ嫌だ、ジャムにしてくれってな。それでも俺たちじゃあの味は出せなかったからな」
「それは……すみません?」
ライアン様にジャムパンを持たせたのはわたしだ。まさか騎士団の厨房事情にまで発展しているなんて。思わずわたしは謝ってしまった。料理長がふふふと悪い顔で笑う。
「いや、これを食べた騎士たちの顔が見ものだな? あいつらにも違いがわかるかな? 本物を見分けられない舌なら、金輪際文句は言わせねえ」
料理長、騎士たちの我儘にご立腹だったんだな。人手不足ならなおさらだろう。でもそう言いながらも楽しそうだ。
(厨房の仕事に誇りを持っているんだろうな)
わたしも自分のパン屋に誇りを持っているからわかった。同志のような気がして笑えば、料理長はわたしの視線に合わせて屈み、右手を差し出した。
「おれは厨房の責任者のクレイブだ。よろしくな、リーサ」
わたしも右手を差し出し、クレイブさんと握手をする。
「さて、ジャムを出すからお前も手伝ってくれるか?」
立ち上がり、いたずらを仕掛けるみたいに笑ったクレイブさんに、わたしも笑顔で返した。
「はい! もちろんです!」




