騎士団潜入③
「いいか、リーサ。俺も動くから無茶だけはしないように。お前はライアンの側でセシリアを見張っているだけで良いんだからな」
「わかりました……わかりましたから」
騎士団へ向かう馬車の中、何度目かわからないお兄様の注意にわたしは溜息をついた。
「あと、騎士団は男ばかりの巣窟だからな。ライアンの側を離れないように!」
「わたし、今子どもなのよ!?」
何の心配をしているんだとぎょっとする。そもそもお兄様が立てた計画なのに。
「でも、そう言うってことは、ライアン様はお兄様の信頼を得ているのね」
「あいつは女嫌いだからな」
さすが親友と思っていれば、驚きの情報がお兄様の口から出た。
「女嫌い……? 二度会ったけど、優しく接してくださったわ」
「僕のリーサが可愛いからだろう」
お兄様の身内びいきはスルーして、人差し指を顎に当てて思慮する。
「女嫌いなのに、わたしを気遣ってくださる誠実さは、さすが騎士様ね……!」
自身の感情は置いておき、国民へ平等に接する。なんて騎士の鑑なんだろう。
「はたしてそうかな?」
お兄様がぼそりと呟いたが、わたしには聞こえなかった。
そうこうするうちに馬車は騎士団へとたどり着いた。魔法省トップに君臨するお兄様はもちろん顔パスで、すたすたと建物の中へと入っていった。
「ライアン、入るぞ」
団長室まで来て扉をノックすると同時に、お兄様が扉を勝手に開ける。
「ちょっと、お兄様!」
慌てるわたしをよそに、お兄様はわたしの手を引いて部屋の中へと入った。
「……急ぎの用なんだな?」
部屋に入れば、執務机にいるライアン様が眉間に皺を寄せてこちらを見ていた。
「わかってるじゃないか」
はあと息を吐くと、ライアン様が立ちあがる。奥の続き部屋へ向かうと、お兄様もわたしを連れて続いた。
「その子は?」
ソファーに腰掛けたライアン様の向かいに、わたしたちも座る。
「俺の子! ……冗談だよ」
ふざけたお兄様をライアン様が睨んだ。ライアン様は普通だが、砕けたお兄様の態度を見るに、二人の仲が良いと窺える。
「……実は俺の妹なんだ」
「お前にもう一人妹がいたなんて初耳だ」
わたしに視線を向けたライアン様にじっと見られ、わたしは身体を固くした。
(アリッサだってばれたらどうしよう?)
ライアン様にはパン屋の店主だと名乗ったが、アリッサ・ブルーベルであることは伝えていない。だからお兄様の妹とパン屋の店主が同一人物だとは知らない。この計画を聞いたとき、むしろ名乗っていなくて良かったと思った。アリッサは自殺したことになったのだから。
「……実は、父の愛人の子なんだ。このことは周りに伏せて、うちで面倒を見ていた。ただしばらくうちもバタつきそうでね。ライアンがこの子を預かってくれないか?」
「……は?」
ライアン様は本気か? という表情をしている。それもそうだと思う。いきなり小さい子を預かってくれなんて。
「僕の妹が死んだんだ。これから葬儀だ。この子は先にお別れをしてきたから、王都に残す。信頼できるのは君だけだから、頼まれてくれないか」
「……それはご愁傷様……」
淡々と話すお兄様の演技がやたらとリアルで、ライアン様も信じたらしい。眉を寄せて、お兄様を労わった。
「そうか……いくら可愛がっていても親戚が集まるならばこの子の所在もないだろう……。わかった、預かろう」
「助かるよ」
ライアン様の承諾にホッとしつつも、嘘をついているのが心苦しくなる。
「じゃあ、僕はもう行くよ。リーサをよろしく」
お兄様が立ち上がる。見送るためにわたしも立ち上がれば、ライアン様がすぐ隣までやってきた。
「リーサというのか」
わたしを愛称で呼ぶのはお兄様だけ。王都ではシリル様以外知られていないその愛称を、そのまま名前で使うことにしたのだ。
「は、はいっ! よろしくお願いします。騎士団長様」
慌ててお辞儀をすれば、大きな手がわたしの頭を包む。
「ああ。ハリソンが戻るまで安心してここにいるといい」
ライアン様は無表情のままわたしに視線を合わせるように屈むと、優しく頭をなでてくれた。
「ありがとうございます」
やっぱり優しいなあと頬が緩む。ライアン様は感心したようにわたしを見た。
「まだ幼いのにしっかりしているな。さすがハリソンの妹だ」
婚外子(の設定)でもわたしをお兄様の妹として扱ってくれる。ライアン様は素敵な方だ。
ぽーっとライアン様に見惚れていれば、お兄様が余計なことを口にした。
「ちなみに、リーサが作るパンは絶品だからな」
「は? こんな小さい子が?」
ライアン様が何言ってんだこいつとばかりに、お兄様に白い目を向ける。さすがに冗談だと思われたらしい。
「お前がいつも自慢していた妹が作っていたのだろう? ――っ、すまない」
アリッサが死んだことを思い出したライアン様の顔が申し訳なさそうになる。
「いいよ。とにかく、リーサも僕の自慢の妹だから。よろしく頼んだ」
「ああ……」
静かに笑うお兄様に、迫真の演技だなと思う。ライアン様は重大な任務を請け負ったかのように、重く頷いた。
「リーサ、お前のパンをこの堅物に味合わせてやってくれ。お兄ちゃんが本当のことを言っていると証明するために」
お兄様はパチンとウインクをすると、部屋を出て行った。
(そういえば、騎士団にパンを届けるために王都へ来たんだよなあ)
まさかこんなことになるなんて思いもしなかった。
「リーサ、君は何も心配しなくていい。ハリソンの言ったことも気にするな。ここでのんびり過ごすといい」
どこか他人事な気がして。でもしゃがみこむライアン様を見れば、自分は本当に子どもになってしまったんだと思い知らされる。数時間前までは、見上げるだけの距離だったのに。
「……はい。よろしくお願いします」
これからのことを思えば不安しかない。でもお兄様を信じてわたしはここで待つしかないのだ。
わたしが無理して笑っていると思ったのだろう。ライアン様はまた、わたしの頭を優しくなでてくれた。




