出会いのジャムパン①
「アリッサ、またやったわね!?」
「ご、ごめんなさい、お母様!」
ダイニングに置かれていたフルーツがことごとくジャムに変わり果てていたのを見つけ、お母様はわたしを見て眉を吊り上げた。
「あなたって子は……手袋を外すなと、何度言えば……」
「アリッサ、お店のオーブン直しておいたよ」
「ありがとう、お父様! お母様、このジャムは責任を持って私がお店で売りますので!」
ダイニングに顔を出したお父様に、これ幸いとばかりにお礼を言う。わたしは手袋をはめ、先ほど瓶に詰めておいたジャムにしてしまったものを鞄に詰める。
「あ、こら、話はまだ……」
「ごめんなさい、お母様! お店を開けないと」
お説教を続けようとするお母様に両手を合わせると、わたしはダイニングを飛び出した。
「はっはっは、お嬢様、またやったのか?」
「だって家でまで手袋なんてしていられないもの」
玄関を出れば、うちに仕える庭師のおじいさんが笑って顔を出す。お母様の声は外まで響いていたようだ。
「まあお嬢様の作るジャムは美味いからなあ。売る分が増えたほうが客も喜ぶだろう」
「それ、お母様にも言ってよ」
「とんでもない! 伯爵夫人に意見なんてできるか!」
それもそうかと、わたしは肩をすくめた。
わたし、アリッサ・ブルーベルは伯爵家の娘だ。
お兄様は王都の魔法省で働いているが、十八になるわたしは両親とこのブルーベル伯爵領でのんびり暮らしている。
わたしが住むブロッサム王国は、温暖な気候で多種多様なフルーツが収穫できる。合わせて国の端っこに広大な領地を持つ我がブルーベル伯爵領は、小麦の生産も盛んだ。
出穂時期をまもなく迎えるこの時期は、黄金色の穂がそよそよと揺れて美しい。やっと顔を出し始めた太陽の光がそれらを照らせば、キラキラと輝きだす。
その美しい光景を眺めながら、わたしは町に続く石畳をスキップしながら歩いて行った。
「あー! アリッサ様~! おはようございます!」
「おはよう!」
まだ早朝ともいえるこの時間に、お店の従業員たちと入口で出会う。
「あ、アリッサ様、またですか~?」
「その分パンを多く焼かないとな」
ジャムの瓶を詰めたわたしのパンパンの鞄を見て、従業員たちは笑った。わたしが何度もやらかすので、すっかり慣れているようだ。
入口の鍵を開けて準備を整えると、みんなエプロンをつけて厨房へと向かう。わたしはお母様譲りのラベンダー色のふわふわな髪を一つに縛り上げると、ジャムを詰めるパンをみんなと作り始めた。
このパン屋は、わたしが始めたものだ。最初はわたしの作るジャムでお菓子を作って、領主館の庭で振舞っていただけだった。それが美味しいと話題が話題を呼び、パン屋を作ってはどうかという話に発展し、今に至る。
「あ、オーブンが直ってる!」
「ああ。お父様が今朝直してくれたみたい」
「領主様が!?」
驚く従業員の顔に苦笑する。このオーブンがお父様製だと言えば、卒倒するかもしれない。
ここの従業員たちは、ブルーベル伯爵領に住む孤児院の子どもたちだ。この伯爵領は農家が多いため、雇用口も多い。そのおかげで、率先して孤児院を支援することができている。
その中でも、わたしと年の近い顔見知りの子たちがこの店で働いてくれている。
「アリッサ様! お客様が並び始めました!」
「え!? もう?」
元々領民に期待されていたこのパン屋は、瞬く間に人気となった。どこの領民の朝食にも、この「ベーカリーブルーベル」のジャムパンが並ぶ。その人気ぶりは王都にまで噂が飛び、わざわざ馬車に乗って王都の人たちが買いにくるまでになった。
そこでわたしは、領民の朝食は確保すべく、パンを配達販売に切り替えた。王都の客のみ、この店で先着販売して対応するのだ。
「アリッサ様、お願いします!」
従業員の一人が作業台にフルーツを載せてくれた。パンの焼成はみんなに任せて、わたしはジャム作りに取りかかる。
作るといっても、触れるだけで私はフルーツをジャムにすることができる。それこそがわたしの能力であり、領地にこもることになった原因だ。
「いちごはもう今日で終わりね」
初夏のフルーツは、アプリコットにライチ、いちじくに桃。フルーツ単体だったり、ブレンドして作ることもある。ジャムの種類が豊富なのも、この店が人気な要因だ。
わたしは一旦、手袋をしてフルーツをボウルに移していく。いちごの納品が少ないため、今日はライチと合わせるつもりだ。そうして準備を終えると、手袋を外し、フルーツに手を添える。
「わあ! 今日もお見事ですね!」
焼き上がったパンがのった鉄板を取り出しながら、みんなが歓喜の声をあげる。香ばしいパンの香りが鼻をくすぐり、空腹を刺激する。ジャムに合うようみんなで作り上げた、外はパリッ、中はふわっとしたハードパン。
「触っただけだけどね」
苦笑すれば、みんなが力説する。
「でも、フルーツの甘みを最大限引き出して、お砂糖いらずですし、このトロトロ具合を調節できるのは、もはや神業ですよ!」
「そうですよ! アリッサ様は朝食の女神と言われているんですから!」
「そんなこと言われてるの!?」
そんな二つ名がつけられていたなんて初耳だ。
「さあ、焼き上がりましたよ! ジャムを詰めていきましょう」
「うん!」
みんなの笑顔にわたしまで笑顔になる。
このブルーベル伯爵領は気候だけでなく、暮らす人々まで温かい。
わたしのこのへんてこな能力――王都で気持ち悪いと言われた落ちこぼれの能力を、すごいと褒めて居場所をくれる。だからわたしも、みんなのためにこの能力を使いたいって、前向きな気持ちになれた。
「お客様入れますよー!」
「はーい!」
ジャムパンを木箱に並べ終え、従業員の一人がお店のドアに手をかける。
ブルーベルベーカリー、今日も元気に開店です。




