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プロローグ 『貴方は特別ではありません』

「スミマセン……貴方アナタもここに来マシタか?」


は、はぁ? 俺……死んだのか?

ああ、はっきり覚えてるぞ。自分の部屋で……テレビのリモコンを取ろうとしてコケて、テーブルの角に頭をぶつけて……それだけかよ。


マジでそんなんで死んだのかよ……くだらねぇ。バカじゃねーか。友達もいねぇ、社会に貢献もしてねぇヒキニートの俺が。

絶対に未練たらたらで死んだに決まってる……。


貴方アナタ。」


つーか、ここどこだよ? 真っ暗じゃねーか。死後の世界って黒なのか? 白だと思ってたのに、なんでもいいけどさ。

俺は霊体にでもなるのか? 遷移期間トランジション? それとも……天国か?

正直、天国に行くか地獄に行くかは微妙なラインだ。極悪非道なことはしてないけど、善行も積んでないしな。


でも、もし選べるなら、俺は絶ッ対に――


「私の声が、聞こえマスか!? 聞こえマセンか!?」


――異世界転生イセカイだ!


「う、うわあぁぁっ!」


ま、待て、生きてる!? か、感覚も呼吸もあるぞ――

って、寝転がってる? いや――誰かに胸ぐら掴まれてるぅぅ!


お、男だ、それに……チッ。


「す、すいません! き、聞こえてます、ホントに!」


「……チッ。」


ドスンッ!


彼が手を放した。俺のケツが地面に激突する。

なのに……何もない。どこまでも続く暗闇だけだ。


「それはよかったデス。私も幻覚を見ているわけではないようデスね。」


コイツ……真っ暗闇の中でも、至近距離だからハッキリ見える。顔立ちもくっきりだ。

歳は俺と同じくらいか。手はポケットに突っ込んでいて、背景が真っ黒なのに、その特徴だけが浮き彫りになってる。

白いビーニー帽からはみ出した焦げ茶色の髪、白いコートにパンツ。


背が高い。いや、デカすぎるだろ――2メートルはあるぞ。細身なのに、妙に筋肉質で……イケメンだ。


ハリウッド俳優か何かか!? 角ばった顎のライン、高い背、高い鼻……って、いや待て――コイツは――


外国人ガイジンだ!」


クソッ、なんで声に出しちまったんだ!? 恥ずかしいヤツだな、俺は!


「ああ、よく見るとアジア人デスか。興味深い。偶然ここに落ちたわけではなさそうデスね。」


声が低い。でも、落ち着いてて心地いい声だ。俺がいても全く動じてないし、緊張もしてない。


「さあ。私が貴方を助けマス。」


彼が手を差し伸べて、俺の腕を掴み、引っ張り上げてくれた。


なんていいヤツなんだ!


「ありがとうございますっ!」


「ハ? ……ソウデス。それは問題ではありません。」


そこで初めて気づいた――ここがどこなのか、考える暇もなかったことに。

世界は完全に真っ黒だ。壁も天井もない――足元の硬い地面以外、すべてが無限に続いている。


なんだこの場所は? 俺を待ってる巨乳美女がいるはずの世界じゃないのかよ!


なのに、自分の手も、黒髪も、パーカーも……全部そのままある。

ここは狭間の世界なのか? 次元間の遷移ゾーン? じゃあなんで、この男が目の前に立ってるんだ?


「貴方はこの場所について何か知っていマスか? 私は学校へ向かう途中で、突然ここに転移させられマシタ。もう数分間、状況が理解できずに立ち尽くしていたんデス。」


「あ、あー……いえ、すいません。俺も今起きたばかりで。アンタと同じくらい混乱してます。」


こいつ、もう数分もここにいたのか……俺が死ぬのを待ってたってことか? 変だな。

俺が死んだなんて絶対言えない――特にあの死に方は無理だ。アメリカ人にバカにされるなんて御免だぞ。待て、アメリカ人? 異世界に行けるのは日本人だけだと思ってたのに。コイツ誰だよ!?


「すいません、ちょっと聞いてもいいですか?」


「どうぞ。」


「アメリカの学校って、制服ないんですよね? それについてどう思います?」


個人的には最悪だと思う。学校に行って、可愛いスカートじゃなくてジーンズの女子ばっかり見なきゃいけないなんて、地獄だろ――


「誰が私をアメリカ人だと言いマシタか?」


あ、あぁ……待て――コイツ――

ガァァァン!!! 欧米人は全員アメリカ人だと思い込む俺の悪癖がッ!

なんて失礼な!!


「私はヨーロッパ人デス……貴方は? まあ、そうは見えマセンが。」


ヨーロッパ? かっけぇ……フランス、イタリア、スペイン――見た目じゃわかんねぇな。

まあ、向こうも俺がどこの国かなんてわかんないだろうし。

俺らアジア人は中韓日の見分けがつくけど……向こうもそういうのあるんだろうな。

で、でも、聞いたこともない小国とか言われたら怖いし……大陸で括っとくのが無難か。


「に、日本からです。生まれも育ちも。」


「日本デスか? ふむ。正直、そこの出身者に会うのは初めてデスね。」


特に感動もしてないし、嫌がってもない様子だ。

まあ、それが一番いいか。


「あの……名前、教えてもらえませんか?」


「テオと呼んでください。」


テオ……。イカす名前だ。スタイリッシュでユニークだ。

まあ、向こうじゃ普通の名前なんだろうけど。


「貴方は?」


よし! それを待ってた!


「森、丞――」


待て。相手は欧米人だろ? なら、下の名前から名乗ったほうが自然だよな。


「ジョージロウ・モリです。よろしく!」


あぁ~、これ一度言ってみたかったんだよな!


「ジョージロウ? ワオ、いい名前デスね。」


いい……名前?

特別だなんて思ったこともなかったけど。

……これがカルチャーショックってやつか。


彼は俺より長くここにいるし、歳も少し上っぽい。敬語でいこう。


「えっと、テオさん、アンタ――」


「テオ、なんと?」


えっ? 遮られた? 敬意を表したつもりだったんだけど……。


「え、何か失礼なこと言いました!?」


「気にしないでください。続けて。」


「その……日本語、すごい上手ですね! 完璧じゃないけど、ちゃんと通じますよ――ていうか味があっていい! マジで尊敬します、おめでとうございます!」


日本語って難しい言語だしな。文字が3種類もあるし、英語とは全然違うし。

それだけ彼が優秀ってことだ――


「ま、待ってください……私は日本語を話しているのデスか?」


彼の視線が床の黒い一点に釘付けになった。一瞬、呼吸が荒くなる。


「いつの間に第三言語を習得したんデスか!?」


第三言語? 英語すら母国語じゃないのかよ!?

口に出さなくてよかった……。

ていうか、なんで英語が第二言語だって決めつけてんだ俺は?


それより――ここに来る前は日本語を話せなかったってことか?


「テオさん、つまりここに来る前は、日本語を全く知らなかったってことですか?」


「当然デス。一言たりとも。なぜ知る必要がありマスか?」


ごもっとも……。


話し方は完璧じゃない――学習した感じが出てる――けど、まさに「日本語お上手ですね!」って言いたくなるレベルだ。

流暢だ。少なくとも一年は勉強した人みたいに聞こえる。


彼、心配そうだな……いや、怖がってるのか? 眉間にシワが寄ってる。


「すいません、でも、誰かが俺と話させるために日本語を覚えさせたとか?」


「可能性はありマスね……でも誰が? なぜ英語ではなく日本語なんデスか? 国際的にはそちらのほうが理にかなっているはずデス。」


確かに正論だ。

俺は英語なんてサッパリだけどな……。


ていうか、そもそも俺はこんな場所で何してんだ?

中世ヨーロッパ風の世界は? 魔法は? 何より――俺のハーレムはどこだよ!?

話が違うじゃねーか!


「ねえ、ジョージロウ。」


突然、彼の声が極端に冷静になった。深呼吸したのに気づかないほど自然に。


「神か何かが、私たちをここに置いたと思いマスか?」


「あー……正直、それしか考えられないですね、テオさん。」


他に何があるんだよ? 選択肢なんてねーよ。

俺は神に選ばれて異世界を無双するんだ!

……でも、なんでこんな知らん外国人とセットなんだ――


「なら、なぜ神々は全く違う世界の人間を二人、一緒にするんデスか? クソッ、意味がわかりマセン!」


俺も全く同じこと考えてたよ。

でもな、何百時間もアニメを見てきた俺の勘が告げてる。ここは遷移ゾーンだ、間違いない! それが一番しっくりくる説明だ!


「俺、ここは転移空間トランジション・エリアだと思うんです。」


「転移? 煉獄プルガトリオのようなものデスか?」


「その通り!」


「しかし……何への転移なんデス?」


「え、決まってるじゃないですか! 魔法の世界ですよ! 魔法があって! 獣人がいて、エルフがいて、魔法少女がいて、能力があって、酒場があって、王様がいて――」


「一体何の話をしているんデスか?」


えぇぇッ!? 待て――お約束(トロ―プ)を知らないのか!?

まあ……そうだよな。彼はただの一般人のヨーロッパ人だもんな――俺みたいなヒキニートじゃなくて。

海外でもアニメは人気になったけど……今それを語ってる場合じゃないか。


「も、もし俺の説が正しければ、俺たちはその……」


どう説明すればいいんだよ、知識ゼロの人間に!?

あ――待て、これなら!


「『ハリー・ポッター』みたいな世界に行くんです! その世界観くらいならわかりますよね?」


「あぁ……なるほど、言いたいことはわかりマシタ。ですが、なぜ私たちがそこへ?」


これ以上うまく説明するのは無理だ……。


「まあ、テオさん、俺は99%自分の説が正しいと思ってます。だから心配しないでください――向こうに行ったら俺がガイドしますから!」


「ナルホド……」彼は微かに笑った。「ああ、それは助かりマス。」


うん……やっぱりいい人だな。


「そして俺たちはデカいハーレムを作るんだ――! ぶ、ぶわっ――」


なんで口に出しちまったんだァァァ!?

変人だと思われる――


「ア……まあ、いいでしょう。なぜダメなんデス?」


し、知ってるのか?

あ、そっか――ハーレムは外来語だ。カタカナだもんな。そりゃ知ってるか……。


ま、待て――イエスって言った!?


「こんにちは。」


声が黒い空間に響き渡った。

俺じゃない。テオさんでもない。

女の声だ――成熟した、落ち着いた声。


気づくと、俺たちの横に黄色い人影が立っていた。


「誰デスか貴方は!?」彼は威嚇するように叫んだ。


その黄色い人影はシルエットで、かつて真っ暗だった空間のほぼ全てを照らすほど強烈な光を放っていた。

精巧に彫られた彫像のような気品を漂わせ――両手を広げて俺たちを歓迎しているようだ。直毛で、ぼやけた金属のような肌をしている。

女か? 声はそうだが、見た目はそう見えない。


「貴方は特別ではありません。」


彼女はそれだけ言った。そして――


テオさんに触れた。


ヒュンッ。


彼が消えた。


「待ってくれ!」


あ――待てよ。俺の予想通りじゃないか?

彼は異世界に転送されたんだ。

ああ、怖がる必要なんてない、全部うまくいってる!


つまり次は……俺の番だ!


「おいおいおい! 俺にも触ってくれよ! ここにいるだろ――さっさと行こうぜ!」


彼女が視線を俺に向けた。


「貴方は特別ではありません。」


はいはい、なんとでも言えよ――早く触ってくれっての!

第二の人生を待ちきれないんだよ!

未練たらたらで死んだんだ――でも今度は違う! やりたかったこと全部やってやる!


彼女が俺に触れた。

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