いらない子のようなので、出ていきます。さようなら♪ その12
ラキリウム共和国(旧ラキリウム王国)の貴族である、ベイスチン侯爵は、自費で孤児院や女性の保護施設を作り、隣国では好好爺として知られていた。
実際の商売では動物と称して、絶滅危惧種や保護動物を成金マダムに売ったり、そればかりか彼が個人経営している施設から、契約紋付きで子供や女性を売買する闇商人だった。
現在のラキウム共和国は、選挙により市民に選ばれた者が代表となる為、貴族の称号は選挙には直接関係がなくなっていた。
代表のみならず、その側近も選ばれし者が立つ為、貴族が優遇されることはなくなったのだ。
「青い血を持つ者が平民の上に立つのが、古来からの伝統。平民が貴族の上に立つ制度など、壊すべきなのだ!」
そう宣うベイスチンや彼に賛同する貴族達は、共和制に反対する貴族達だ。
選挙だとて平民が優先される訳もなく、貴族でも議員になる者は多くいる。優秀な者が選ばれる優れた制度だ。
過去も現在も、ベイスチンが立候補しても選ばれなかったのは、彼の傲慢な性格と裏の商売を知る者が反対した結果だった。
けれどそれを認めるベイスチンではない為、秘密裏に他国へ干渉したり、間諜を忍ばせたりと、自国に知られれば罪となる行為を勝手に繰り返していた。
彼上の地位を与えられない憤りを、彼は他者に向けてしまったのだ。
自己の力を知らしめる契約紋。
彼はこれを使う度に支配による喜びで、満たされない欲求を誤魔化していた。
◇◇◇
アンディは隣国の腐った貴族により、バラナーゼフ王国に降りかかった火の粉を、この国から鎮火しようと考えていた。
「僕の考えを聞いてくれる。まあ、退く気はないんだけどさ」
執務室にいるアルリビド、ジョニー、トリニーズ、ジョルテニア、ガルドレイがアンディの言葉に耳を傾ける。
彼はミュータルテとメルダを、ベイスチン侯爵と侯爵夫人に仕立てることにした。
ベイスチンの罪状は真っ黒だが、侯爵夫人もまた、契約紋で見目の良い男性を奴隷し、ハーレムを作って虐げることを繰り返し行っていた為、彼女も黒であると判断した。
アンディの変身魔法は完璧である。
彼は時間があれば、ベイスチンとその妻の観察に費やした。
入浴時の全身の観察、口調、部下や子供達への対応の仕方、歯の治療痕、病歴等。
他にはベイスチンの机を漁って見つけ出した、数々の証拠と、彼の闇取り引きの相手のことも。
ミュータルテとメルダには、ベイスチン侯爵夫妻に成り代わり、取り引き先の相手を詳細に調査させることにした。
そして根こそぎ、悪党を潰そうと計画を立てたのだ。
「ミュータルテとメルダには、毒杯を賜り死んだことにする。そして変身魔法で侯爵夫妻にして、ラキウム共和国に潜入してもらう。
パールとヒスイも容貌を変えて、彼らのサポートに付いて貰う。
バレる危険はあるし、闇取り引きは他者との繋がりの裏が取れれば次々に潰していくから、恨まれることになり常に命の危険はある。
それが我が国の国益を損ねた、彼らの罰にしようと思う。
みんなはこの計画に不満はある?」
かなり綿密に考えられたアンディの計画に、一同は考え込んだ。
「前国王夫妻は死亡したことにするのは、良いと思う。彼らは国民の不満を抱えすぎたから。でも潜入は危険すぎないか?」と、ガルドレイが言う。
「そうですね。ですが、死亡したことにすれば、その姿が何処かで見つかれば問題となります。変身魔法は有効な手段だと思われます」と、ジョルテニアが呟いた。
「俺はベイスチンが許せん。あいつは私腹を肥やし、他者をいたぶるサディストだ。35年前の襲撃から、ずっと奴が気に食わん。
奴をここに引き倒し、鉄拳で精神を鍛え直してやる!」
そうジョニーが言えば、アルリビドが複雑そうな顔を見せた。
「出来るでしょうか? あの両親に。この大役は荷が重いのではと感じてしまいます」
弱気な彼にトリニーズが励ましの言葉をかけた。
「失敗しても良いんだよ、アルリビド。あらかた悪党が片付けば、また変身魔法で姿を変え、今度こそ穏やかに暮らして貰う予定だから。
それに彼らには、取って置きの護衛も付けるしな。
入っておいでクルル、ルンデラ」
「はい、ただいま」
「はい、トリニーズ様」
その呼び掛けに答える声が、天井から聞こえた。
そして彼らの目前に、膝を突き礼をしたのであった。
「彼らは35年前に、ジョニーに保護された孤児の二人だ。以前に聞いていた詳細を照らし合わせ、クルル(男性)はパールの弟、ルンデラ(女性)はヒスイの妹と判明した。
彼らもベイスチンの息がかかり、35年前に売られるところを防ぐことができた。でもパールとヒスイは既に遅かったようだ。
あの時の内戦のゴタゴタで、離ればなれになった肉親だ。
元々あった魔力を、アンディに鍛えられて魔法の素質を開花させた。少々の攻撃ではびくともしないだろう。
彼らはミュータルテとメルダと共に、ラキウム共和国へ渡ることに同意している。少し安全性は上がっただろう?」
あの船に乗っていた20人の内の二名だ。
辺境で生き抜く為に剣技に優れていたが、アンディが子供にも大人にも魔法を教えたことで、クルルとルンデラは魔法剣士へと成長した。
本当はレラップ子爵領から、出したくない人材である。けれど昔、ガキ大将的存在だったラウンデンが言うのだ。
「せっかく待ち焦がれた肉親に会えたのだから、飽きるまで傍に行って来い。丁度クルルとルンデラは夫婦なのだから、旅行に行ってくれば良い」
そう二人に告げ、レラップ子爵領は俺がいるから大丈夫だと笑ったと言う。
孤児だった5歳のクルルは40才になり、10歳だったルンデラ45才になった。ちなみに、12歳のラウンデンは47才で3児の父である。
クルルとルンデラの子は、ステアーが好きなクルミ11歳である。
彼女は「ワタクシは大丈夫ですから、楽しんで来て下さい」と言ったそうだ。
残念ながら彼女は空間転移が使えないので、ちょくちょく遊びには行けないと言っていたそうで、クルミとルンデラはズッコケタ。
「遊び……そんな感覚なのか? アンディの教育はどうなってるんだ」
ガルドレイはまだ、アンディのことを良く知らない。
たぶん知らない方が良いと思う、トリニーズ達だ。
◇◇◇
ある朝。
死者を弔う鐘がなり、前国王夫妻の刑が執行されたと発表された。
悲しむ国民は僅かで、これで割り切ろうと思った者が多かった。彼らは裏の事情を知らないので仕方がないものの、アルリビドだけはそれを辛く受け止めていた。
「これから私が、惜しまれる王になろう。父上の分まで」
今日、ミュータルテとメルダの存在は抹消された。
そして彼らは、ベイスチンとその夫人であるマーベラになった。
◇◇◇
ラキウム共和国にはアンディとステアーが、新ベイスチンと新マーベラ、クルルとルンデラ、パールとヒスイを送って入れ替えて来る予定だ。
そこにはクルミもいて、両親に手を振っていた。
「お土産は美味しいお菓子で良いですよ。頑張って下さいね~」
「プッ。あの子って食い意地が……」
「花より団子だな。ハハハッ」
その横ではアルリビドが、両親に別れを告げていた。
「お体に気をつけて。元気でいて下さい」
「…………ありがとう、ございます。国王様もお元気で」
「私が言えることではないですが、これから良い国作りをして下さい。無理なさらずに」
「ありがとうございます。待っていますから、いつまでも」
「はい…………うっ、うっ」
「はぁあ、ぐすっ…………」
これが新しい前国王の旅立ちだった。
ちなみにクルルとパールは、時の流れを身に沁みて感じたようで、「あぁ、大人になったね」「老けても顔は、変わらないものなのね」と笑い合い。
ルンデラとヒスイは、抱き合って泣いていた。
「お兄ちゃん、生きていて良かった。会えると思わなかったよぉ……あぁ、うわ~ん」
「俺もだ。良かった、元気でいてくれて。うっ、ぐずっ、うわぁ」
それを見たミュータルテとメルダは、生きていて良かったと、初めて思えたのだ。
パールとヒスイは弟妹に会えても、ミュータルテに忠誠を誓い、ラキウム共和国に付いて行くと言ってくれた。
申し訳ないと一度は断ったが、これも私達の罰ですからと微笑むパールとヒスイ。
「ありがとう……心から感謝します」
「本当にありがとう…………」
頭を深く下げるミュータルテとメルダは、ただただ感謝をしたのだった。
「じゃあ、行ってくるね」
「御前失礼致します。すぐ戻ります」
「先生達、両親をお願いします。お父様とお母様は喧嘩しないようにね」
アンディとステアーは、特に感慨もなく即座に移動した。
それには残された一同も、ちょっと驚いた。
「まあ、アンディだから」
「そうですよね」
「いつも通りです」
「そうなのか? いや責めてはいないのだが」
「息子がスミマセン。あれが通常です。はぁ」
トリニーズのため息がおかしくて、みんな声をあげて笑っていた。
◇◇◇
旧ベイスチン侯爵と旧マーベラ夫人が到着したのは、2時間後のことだった。
「ようこそ、バラナーゼフ王国へ。手厚くおもてなししますぞ」
ジョニーは彼らを眺めながら、満面の笑顔を見せていた。