魔法学院
春になり、フィルナンド王立魔法学院へ行く日がやってきた。
王都フィルナンドへは距離があるので、馬車で早めに出発しないといけない。
今住んでいるルルム街は、自然豊かで良いところなのだけど結構田舎なのよね。
「ベル、本当に従者を付けなくて良いのか?それと、辛くなったらいつでも帰って来るんだぞ?」
「お父様、大丈夫よ。そんなに心配しなくても」
父が今にも泣きそうな顔をしている。
いやいや、帰ってきたらダメでしょうが。
「長期休暇には帰ってくるわ」
「お嬢様、お気をつけて」
執事のセバスは泣きながら、ハンカチで涙を拭っている。
そのまま私に手を振っていた。
全く大げさなんだから。
父と執事、メイド皆に手を振られて、私は王都へ旅立った。
数日前、アンディにお別れを言いに行ったら留守だった。
手紙は置いてきたのだけど。
休みになったら会いにくればいいかな。
馬車に揺られて、王都へ向かう。
今まで、執事やメイドが私の世話をしてくれていたけど、寮だと全部自分でやらないとならない。
貴族は従者を連れて行くのが、普通らしいのだけど。
「まあ、何とかなるでしょ。寮は食事が付いているみたいだし」
やっと一人きりになれた。
常日頃、メイドや執事が一緒にいて気が休まらなかったのよね。
最近は慣れてきたけれど、記憶を取り戻した頃は緊張して大変だったわ。
「実は、一人暮らしって憧れていたのよね」
日本で学生だった頃、大人になったら一人暮らしするんだって決めていた。
実際は、大人になる前に死んでしまったのだけどね。
*
一週間かかって王都フィルナンドに到着した。
町の宿に泊まりながらの移動だったので時間がだいぶかかったわ。
「長かったーー」
私は思い切り背伸びをする。
「お嬢様、お疲れ様です。もう少しの辛抱ですよ」
御者から声がかけられた。
「ありがとう。一番疲れているのは、貴方ですものね」
「これも仕事ですから」
確かにそうなのだけど。
神経を使って、馬車を走らせる御者には感謝しかない。
荷物を寮に運んで、入学手続きを済ませる。
学院は寮から歩いて五分程度のところだった。
*
「あれ?」
入学式の日。
廊下で、見知った群青色の髪がすれ違った。
まさかね。
こんな所にいるはずがないわ。
彼のスキルは剣術って言っていたし。
「えっと確か教室は…」
渡された紙を見てクラスを探す。
学院は、どこも同じような造りになっている様で迷いそうだ。
「ベルさん。教室はこちらですよ」
「先生?どうしてここに」
廊下で通りかかったのは、家庭教師をしてくれたラン先生。
いつもの黒いスーツで、眼鏡の位置を直している。
「わたしも、今年からこの学院の先生になりましたので」
ベル先生は、前のドアを開けて教室へ入る。
教室の作りは、日本にいた頃の学校とあまり変わらないようだった。
っと、前から入ったら目立ってしまうじゃない。
私は、後ろのドアをそっと開けて教室に入った。
「「??」」
窓際で、後ろの席に座っている男子と目が合った。
何でここに居るの?
群青色をした髪の男子生徒は、私を見て微笑んだ。
「いやー編入しようかと思ったんだけど、意外とレベルが高くてね…途中からだと付いて行けないから一年生から入学することにしたよ」
アンディの隣の席が空いていたので、そこに腰かける。
つんつん。
私の右隣の女子が、肩をつついてきた。
「ちょっと、ちょっと。アンタ、この人と知り合いなの?彼めっちゃカッコいいんですけど。あたいはセレナっていうんだ」
「私はベル・クリスタル。よろしくね」
「ああ、ごめん。家名があるって事は、貴族さまだったんだね。気軽に話しかけちゃまずかったかな。…って事は彼も貴族?」
セレナは困ったように、赤いショートカットの髪を掻いた。
ごめんなさいと頭を下げる。
「いいえ、私は気にしていないわよ。同じクラスになったのだから、身分を気にしないで仲良くしてくれると嬉しいわ…えっと、彼は領主の息子なのよ」
セレナは私を貴族だと思っていなかったみたい。
派手なドレスじゃなくて、茶色の地味なワンピースだったからかな。
髪も適当に縛ってあるだけだしね。
「初めまして、アンディ・ロードです。よろしく」
アンディが、セレナに自己紹介をして右手を差し出した。
「は、はい…よろしくお願いします」
セレナは緊張して、アンディと握手をしていた。