お願い事
*** アンディ・ロード 視点
「街の剣術の学校を辞めたい?どうしてまた急に…」
俺は王都に行き、父上にお願い事をしていた。
人払いをしてもらい、内緒の話をする。
悪い事を相談する訳ではないのだけど。
「魔法と剣を合わせた新しい形の戦い方を模索しているんです。つきましては、王立魔法学院に編入をお願いしたいのですが」
深く頭を下げる。
俺が父上にお願い事をするなんて初めてだ。
父上は豪奢な椅子に座り、俺を見つめる。
「…それは建前上の理由だろう。本当の理由は?」
やはりこの人に嘘は通用しないな。
当然と言えば当然か。
「想い人がいまして、同じ所へ行きたいと思っています」
「ああ、隣家の少女だな。しかし魔法学院か…お前だとスキルが厳しいのではないか?多少は魔法が使えるとはいえ、他の生徒たちより劣るだろう」
「承知の上です」
父上は仕方ないという風に両手を上げる。
「お前は言いだしたら聞かないからな。編入できるように手続きをしてやろう」
「ありがとうございます」
俺は、父上に頭を下げる。
「それと、いつまで身分を隠しておくつもりなのだ。いずれ解かるというのに」
「彼女には公正な判断をしてもらいたいのです。告白した後、打ち明けるつもりです」
「そうか。お前に任せるがな」
俺は部屋を退出した。
「アンディーーー!」
廊下を歩いていると、遠くから俺を呼ぶ声が聞こえた。
兄のルベリオスだ。
空色の髪は長く、琥珀色の瞳をしている。
「お前がここに来るなんて珍しいじゃないか。何かあったのか?」
ニヤニヤしながら、兄が話す。
「別に何も無いよ」
「こっちで暮らせばいいのに。わざわざ田舎で暮らす必要無いだろう」
「そのうち、王都に帰ってくるよ。ここで暮らすかは考え中だけど」
やたらと広く大きな建物は、俺の実家だ。
この建物には数百人が暮らしていて王都の中心地にそびえたっている。
俺は正体を隠して、田舎で暮らしているのだ。
ここで暮らすと、登校時に馬車で目立ってしまうし正体がバレてしまう。
魔法学院の寮に住んだ方が良いかもしれない。
*** ベル・クリスタル 視点
「ベル、幼馴染の彼とは仲良くやっているのか?」
食堂で、夕食を食べて居る時に父が突然言い出した。
「へ?仲良くって…今まで通りだと思うけど」
今まで、そんな事を訊いてこなかったのに突然どうしたのだろう。
フォークでポテトを刺して、口に入れる。
「ほら、最近こちらに来ないと執事が言っていてな。少し気になったんだ」
「もぐもぐ…何でそんな事を気にしているの?彼とはお友達なんだからね」
私は、オレンジジュースを口に含んだ。
「お友達…か?」
父が目を丸くしている。
何で驚いているのだろう。
「そうか…わたしはてっきり…いやなんでもない」
父はぶつぶつ独り言をいって、立ち去っていく。
何なの一体。
壁際に立っていた、執事のセバスが近くに来て私に耳打ちする。
「旦那様も、お嬢様の事を気にしていらっしゃるのですよ。アンディ様は昔からよくいらっしゃってますからね」
「何を勘違いしているのかしら…」
全くもってよく分からない。
アンディとは恋人とかそういう関係では無いのだ。
彼にしたって迷惑な話だろうに。
だって私の好きな人は…思い出そうとしても、彼の姿がぼんやりとしか思い出せない。
時間が経てば忘れてしまう。
写真も何も持っていないのだから。
でも前よりは辛くなくなった気がする。
少しは強くなれたのだろうか。
「アンディ様、お可哀そうに…」
セバスが何か呟いていた。
一体、何が可哀そうなのだろう?