友達の家
私は、来年の春に「フィルナンド王立魔法学院」に入学することになった。
学校と言えば入学試験よね。
魔法学院も入試があるらしいし、落ちれば入学できない。
学校に行かなければ聖女になれない――と軽く思っていたのだけど。
私とアンディは屋敷の庭のガーデンチェアに腰かけていた。
さらさらと新緑の風が通り過ぎて心地が良い。
長い銀色の髪がなびいた。
「ええっ?入試免除ですって?」
「聖女様は特別なスキルだから、試験はないらしいよ。ただ最低必要限の勉強をしていないと、後で苦労するかもな」
アンディが教えてくれた。
学校の友達に、魔法学院の知り合いがいるみたい。
「ベルって不思議だな。大抵の人は聖女に憧れるっていうのに、そんなに聖女になりたくないのか?」
ここにきて、やっとアンディも私の本意が分かったみたい。
「だって、聖女になったら王城に住むことになって自由も無くなるだろうし、ひょっとしたら結婚相手だって勝手に決められてしまうんじゃないの?」
急にアンディの顔色が変わった。
どうしたのかしら。
「そう…だよな。うかつだったよ。聖女になれば王族と婚姻することもありえるんだよな」
何を言っているのかしら?
マンガの読みすぎじゃないの…と思ったけど、この世界にはマンガは無いんだったわ。
そもそも、アンディが恋愛物を読むのが想像できないけど。
でも、小説はあるかもしれないわね。
*
私に家庭教師がつけられた。
まさか、異世界に来て勉強するとは思ってもいなかったわ。
「よろしくお願いしますね。ラン・フォーリーウッドと申します」
黒髪でお団子頭の彼女は黒いパンツスーツ姿。
金縁の眼鏡が知的でカッコいい。
見た目が日本人に似ていて、親しみがわいた。
先生の話によると、魔法はこの世界の住人なら平等に使えるという。
護身術程度の魔法は、憶えたほうがいいらしい。
街はそんなに物騒なのだろうか?
もしかして、盗賊とか誘拐とかひったくり…なんてのがあるのかもしれない。
ましてや、お金を持っていそうな貴族だと狙われやすいのかもしれないわね。
私の魔法属性を調べたら、全属性の魔法が使えるらしく先生に驚かれてしまった。
「特に、聖女のスキルは希少ですけどね」
ラン先生が苦笑いをしている。
「そういえば、今日は週末ですね。先生は、お休みしなくてよろしいのですか?」
異世界でも、週末がお休みの習慣が根付いている。
初日とは言え、休日出勤みたいなものじゃないだろうか?
「あら、うっかりしていたわ。ベルさんも休みになれませんよね。今日は初日だし、これでお終いにしますね」
始めて一時間もしないうちに、魔法講義は終了した。
*
アンディが家に来ない。
彼は剣術学校に通っているから、週末のお休みに私の家に遊びに来ていたのだけど。
最近はめっきり来なくなった。
来ないと来ないで寂しい気持ちになるから不思議だわ。
「いないと、かえって気になるのかしらね」
道也の事をすっかり忘れていたわ。
まさか私、アンディの事…いや、それはないか。
彼は、ただの幼馴染だし。
仲が良い友達。
ただそれだけよ。
私はアンディの家に訪れていた。
昔、父と一緒に来たことがあったけどそれっきりだ。
お気に入りの青いドレスを着て、お菓子を用意して。
あれ?気合い入れ過ぎたかな?
そんな事無いわよね?
何だか、緊張してきたんだけど。
「それにしても、アンディのお家って…こんなに大きかったっけ…?」
以前は父と一緒に来た気がする。
お城かと見まごう程の大きさの屋敷の前で、私は立ち尽くしていた。
この場所に来たのは何年も前の事だ。
「何かご用件ですか?」
巨大な門の入口に厳つい門番がいて、訊ねられた。
「ええと、アンディに会いに来ました。隣家のベル・クリスタルと申します」
「お待ちください」
門番はどこかへ連絡をしているようだ。
魔道具で、何処かと連絡を取っているみたい。
しばらくすると、アンディが姿を見せて走ってきた。
「ベル!どうしたの急に…」
「どうしたって…私が、アンディに会いに来ちゃだめなの?」
ああ…私、アンディに会いたかったんだ。
普段言わないような言葉が、出たので自分でも驚いていた。
「ふふ。ベルも可愛い事言うんだね。驚いたよ」
彼は、穏やかな表情をして笑っていた。