突然の不幸
私は朝、学校へ向かって急いで歩いていた。
住宅街で、狭い通りを。
可愛い子供たちが、色とりどりのランドセルを背負って列を作って歩いている。
いつもの朝の風景。
そういえば、小学校が近くにあるんだっけ。
「あれから二年かぁ」
スマホの画面を眺めて、ため息をつく。
いくら悲しんでいても時間は戻ってこないし、道也はかえってこない。
「もうどうでもいい。学校とか行きたくないし…さぼろうかな」
来年は高校受験がある。
こんな事を言ったら道也に怒られそうだけど、私は生きる意味が解らなくなってしまっていた。
自殺願望はないけれど、私は人生をすでに諦めてしまっていた。
私の初恋は、あの時終わったのだ。
せめて、思いを伝えていれば今の気持ちが変わっていたのだろうか?
キキキーーーーーッツ!
ドン!
気が付いた時には目の前に車がいて、間に合わなかった。
私は、何が起こったか分からないまま、車に引かれて意識が暗転した。
次に、目を開けると真っ白い空間にいた。
霧のようなもやが、辺り一面を支配している。
「あなたは、小鳥遊 美鈴さん15歳ですね?」
突然、名前を呼ばれた。
顔をあげると、黒いビジネススーツを着た、青い瞳の金髪女性と目が合った。
クリップボードを持って、書類を確認している。
というか、ここはどこ?
「わたくし、この地区担当の女神エリナーゼと申します。信じられないかもしれませんが、貴方は先ほど亡くなりました…」
「は?」
(女神?)
「学校へ行く途中、よそ見をしていた車にひかれました」
あー。
思い出した。
学校へ行く途中で、意識を失ったかもしれない。
私死んじゃったんだ。
ここは天国なのかしら。
「へえーそうだったんだ…」
「あれ?ずいぶんと素直に信じてもらえるのですね」
「流石にこんな事、冗談言う人もいないでしょ?あの時ぼーっとしてたからよく憶えていないし」
「これから、異世界に転生して頂きます」
「そう」
突拍子もない事を言われているのに、気持ちが全然動かない。
大事なことを言われている気がするのに。
「お気持ちは察しますが、いつまでも亡くなった方をひきずっていてはダメですよ?」
分かってるわよ。
両親にも散々迷惑かけたし。
でも気持ちなんて、そんなに簡単に切り替わるものじゃない。
「これから転生させますが、ご自身の為にも次の人生を楽しんでくださいね」
***
「「ベル!ベル!」」
ズキンと頭が痛い。
男性が私に向かって叫んでいる。
気が付くと、私は固い床の上で横になっていた。
階段の下にいるみたいだったので、あそこから落ちたのかな?
あれ?ここはどこだろう。
辺りを見渡すと西洋風の広い建物の中みたい。
何処かのホールだろうか?
「「おい!今すぐ医者を!」」
私に声をかけた銀髪の中年男性…は父親だっけ。
頭がぼーっとしている。
私は直ぐに運ばれてベッドに寝かせられた。
「ベルお嬢様。痛みなどありませんか?」
白衣を着た医者に訊かれる。
「少し、痛いかも」
私が一言いうと、父親が指示をした。
「教会から、回復魔法士を直ぐ呼び寄せろ!金はいくら使っても構わん」
何だか記憶が曖昧だ。
えっと、私は?
「ここはどこ?」
父親は目を見開き、医者は驚愕の表情をしている。
あれ?
私、変な事言った?
しばらくして、教会から白いローブを着た人たちがやってきて、私の怪我を治療してくれた。
この世界は魔法が使えるらしい。
少しずつ過去の記憶が蘇ってきた気がする。
私はベル・クリスタル12歳。
今は、クリスタル男爵家で生まれ育ったお嬢様だ。
「お父様、思い出したわ。ごめんなさい。心配かけて」
「おお!ベル良かった!」
私は、父親に抱きしめられた。
色々と思い出してきたわ。
「今日はお部屋で休んでいなさい。何かあったら直ぐに言うんだよ?」
私は、父親に頭を優しく撫でられた。
階段で落ちたはずみで、前世の記憶を思い出したらしい。
私は異世界へ転生していたのだ。
金髪の女神さまとのやりとりを思い出していた。
ベッドから体を起こして、鏡台へと向かう。
鏡に映った姿は、長い銀色の髪で深い緑色の大きな瞳。
肌は雪の様に白い。
とても不思議な感じがした。
鏡に映る自分は、顔立ちが幼くて可愛らしい少女。
今の私の姿を、道也が見ていたらなんて思うだろうか?