第三十話 「勝者への褒賞、敗者の不協」
幾度もの戦と死線を越え、将たちの傷がようやく癒え始めた頃。
リュクス・ヴェルトの首都、その王宮より、彼らへの召喚が届いた。
――王宮謁見の間。
磨き上げられた大理石の床、陽光を映す青と白の大広間に、歴戦の武将たちは揃って立ち並んでいた。
その空気は祝賀でありながらも、どこか張り詰めていた。戦で失ったものの大きさが、まだ誰の胸にも残っていたからだ。
王座に腰掛けるは、リュミエル連邦を治めるアステリオン王。
「よくぞ戻った、我が勇将たちよ。そして客将の諸君も……」
重々しい声が広間を震わせる。
「魔将デュランを討ち果たしたその偉功、余が生涯忘れることはあるまい」
兵士や廷臣たちがざわめき、称賛の拍手が広がる。
ジンは前に進み、深く頭を垂れた。
戦場で見せた覇気とは打って変わり、そこには一介の剣士としての謙虚さがあった。
「この勝利は、仲間たちの献身と、リュクス・ヴェルト兵士たちの勇気があってのこと。私ひとりの功ではございません」
その言葉に、背後で控えるユナと星羅がそっと目を潤ませる。
イレーネは冷静に微笑み、シンら猛将たちも誇らしげに頷いていた。
アステリオン王は深く頷くと、玉座の横に控えていた侍従へと目配せした。
「ジン――汝を我が国の英雄と認め、永きにその名を残すことを誓おう」
広間の人々から歓声が上がる。
ジンの胸に、重責と誇りが同時に押し寄せた。
――これが終わりではなく、始まりだ。彼はそう自覚していた。
続いて客将たちへと、褒美の品が進呈される。
「ユナ」
王の声に呼ばれ、彼女は緊張に震えながら前に出る。
「汝の聖なる癒しは、多くの兵の命を救った。その献身に報い、聖槍《リュクス=アーク》を授けよう」
黄金の槍が運ばれてきた。穂先から淡い光が立ち昇り、ただそこにあるだけで聖域を思わせる神聖さがあった。
ユナは震える手でそれを受け取り、膝をついた。
「……恐れ多き光栄にございます……! 必ずや人々のために使いましょう」
広間に温かな拍手が広がる。
彼女の心は誇りと責任に満ちていた。癒す者である自分に戦う象徴とも言える聖槍が託された――それは「背を向けるな」という意味でもある。ユナは静かに覚悟を固めた。
「星羅」
王の声が続く。
「汝の術は軍勢を導き、戦の流れを変えた。ゆえに、星を詠み軍を操る象徴として――星詠の軍扇を授ける」
銀と蒼の文様を織り込んだ軍扇が差し出される。
星羅は静かに受け取り、伏し目がちに微笑んだ。
「この身の全てを捧げ、今後も友と国を支えてまいります」
彼女の胸には複雑な想いが渦巻いていた。戦の表舞台に立つことなどなかった自分が――いまは「軍を導く者」として認められている。誇らしさと重圧、その両方が扇の重みに宿っていた。
「シュイエン」
「はっ!」
若き剣士が堂々と進み出る。
「汝の剣は幾度も死地を切り拓いた。その勇に応え、妖華剣を与える」
深紅の鞘に収められた剣を受け取ると、シュイエンの双眸がきらめいた。
「必ずや、この剣で悪を断ち、人々を護りましょう!」
その熱き声に兵士たちが歓呼した。
彼女の心には、戦場で救えなかった兵たちの姿が今も刻まれていた。レンファを手にした以上、それを無駄にはしない。若き決意が、まっすぐ王へと向けられていた。
「銀牙・シン」
王が呼ぶと、堂々たる巨躯が一歩を踏み出した。
「汝の武勇は比類なきもの。多くの敵を討ち、兵を鼓舞した。ゆえにここに――戦神の鎧を授ける」
黄金と銀で鍛えられた鎧が侍従により運ばれる。その威容に広間がざわめいた。
シンはしばし沈黙し、やがて膝をつき深々と頭を垂れた。
「……この身に過ぎたる誉れ。しかし、これを纏いしとき、さらに多くの敵を斬り伏せましょう」
声は低く、だが震えていた。彼は誰よりも兵を失った悲しみを知っている。その悲しみを鎧の重さと共に背負い、決して忘れぬと心に誓った。
セリス、ザラッド、フェルノート、イレーネにもそれぞれ褒美が与えられた。
だがひとつ――デュランが振るった蒼穹剣については、王自らが語った。
「この剣はあまりに禍々しい。いかなる猛将も持ち得ぬ力。ゆえに、リュミエル連邦の至宝庫にて厳重に封じる」
広間にどよめきが走ったが、誰ひとり異を唱える者はいなかった。
その剣を目にした者ならば、あれを人が持つべきではないと理解できるからだ。
褒賞の儀が終わると、王都の民は国をあげての祝祭に湧き上がった。
街は灯火に満ち、広場では舞と音楽が絶えず響く。
子らは「ジン将軍!」「ユナ様!」と声をあげ、花を投げて祝った。
ジンは笑顔で応えるが、心の奥では「これが最後の戦であってほしい」と願っていた。
星羅は軍扇を手にしながら人々の歓声を浴び、己の存在が「誰かを導く象徴」となったことを静かに噛み締めていた。
シュイエンは子供たちに剣舞を披露し、その歓声に笑みを返しつつ――剣は舞のためでなく護るために振るうと改めて誓った。
シンは祭りの喧騒の中でも物思いに沈んでいた。戦神の鎧の重さが、仲間の命の重さと重なっていたのだ。
ユナは人々に祝福の歌を捧げながら、心の奥で「この幸福がいつまでも続きますように」と祈らずにはいられなかった。
一方その頃。
セイリオンに退けられた帝国軍陣営にも、衝撃の報が届いていた。
――魔将デュラン、討たれる。
アークルバニア城の王宮は騒然となり、重臣マルケスを筆頭に怒号が飛び交った。
「馬鹿な! あのデュランが……討たれたと申すか!」
「事実にございます、マルケス卿。リュミエルと蒼月国の連合軍にて……」
「ぬぐぅぅぅっ! であれば、我ら帝国は、奴に割譲した領土の一割をまるごと失ったということではないか!」
王の間に響く声は怒りと焦燥に満ちていた。
列席する重臣たちもざわめき、互いに責任を押し付け合う。
その場に同席していたレオナードとギルベルトは、未だ癒えぬ傷を抱えながらも、不快げに眉をひそめていた。
「……マルケス殿は相変わらずだな」
レオナードが低く呟く。
「我らが血を流している間に、己の地位と領土のことばかりを気にかけている」
ギルベルトも苛立ちを隠さず、拳を握りしめる。
「兵を立て直すより、声を荒げるばかり……この国は、いずれ内から崩れるやもしれん」
彼らの視線の先で、マルケスはなおも叫んでいた。
「帝国の威信が傷ついた! 直ちに報復を――!」
だが、王の席は沈黙を保ち、答えを示さなかった。
その沈黙が、帝国の揺らぎを象徴しているかのようであった。




