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第二十七話 「絶望からの閃光」

 黒雲が渦巻き、平原は闇に沈んでいた。胸を締め付けるような重圧が空気そのものに満ち、兵たちの喉は凍りつく。歓声も怒号も消え失せ、ただひとつの存在に呑み込まれていく。


 闇を裂いて進む影があった。漆黒の甲冑に身を包み、背に負うは蒼穹剣ラグナロク・ゼロ。それは天を裂き、大地を砕く最凶の魔剣と伝えられる。


 ――魔将、デュラン。


 ただ歩むだけで、千の軍勢が押し潰されるかのような威圧感。兵士たちは誰もが膝を折りかけ、剣を握る手は震えた。


「……来たか」 本陣から戦場を見据えるジンの声は低い。鋭さを湛えた瞳に、恐怖の影はなかった。イレーネは魔法投影の地図を睨むが、白い手は震えている。「全軍の士気が呑まれていきます……このままでは……」「いや――奴を討てばいい。それだけだ」 ジンの声音は冷徹で、だが兵を導く炎を孕んでいた。


――デュランの一太刀


 デュランはゆるやかに剣を抜いた。その瞬間、大気が震え、平原に重圧がのしかかる。


 刹那、巨影が霞のように消えた。


「――ッ!?」 先陣の弓兵が気づいたときには遅い。光矢を放っていた十余名の首が、音もなく宙を舞い、鮮血が霧のように散った。まるで時が止まり、結果だけが置き去りにされたかのように。


「化け物め……!」 銀牙シンが獣のように吠えた。


「来いよ、魔将! 俺の獣牙で噛み砕いてやる!」 シンの両腕に装着された鋼鉄の篭手が輝き始める。内部を奔る魔力が全身を駆け巡り、瞬く間に金色の闘気を纏わせた。彼の全身はまるで黄金の獣に変じたかのように輝き、足元の大地を震わせる。


「陣形! 螺旋の陣――展開!」 


 星羅の声が飛ぶ。弓兵と獣人兵が渦を描き、デュランを中心に包囲した。放たれる矢は聖光を帯び、瘴気を焼き払う閃光となる。


 だが、蒼穹剣のひと薙ぎで矢雨は砕かれ、地に散った。天地を裂く覇気の一閃に、星羅の指は痺れる。


 「……これでも通じないの……!?」


 それでも、シンは怯まなかった。

「効こうが効くまいが関係ねぇ! 俺の拳で道を拓く!」 黄金の光を纏った拳が、雷鳴のようにデュランを殴りつける。


 蒼穹剣と拳が激突し、轟音が平原を震わせた。衝撃で周囲の兵が吹き飛ぶ。骨が軋み、血が滲む。だがシンは歯を食いしばり、膝を折らなかった。


「シン様!」

 

 星羅が必死に魔法陣を組み直し、援護の矢を放つ。矢束は光となり、シンの拳撃を後押しするように降り注いだ。一瞬、デュランの動きが止まる。


「面白い……だが、まだ遠い」 蒼穹剣が唸り、シンの胸当てを斜めに裂いた。鮮血が飛び散る。シンは膝を折りかけながらも、血まみれの顔で笑った。「心配すんな……俺はまだ倒れねぇ!」


「おらぁッ! 魔将だろうが関係ねぇ!」 ザラッドが雷鳴を纏った巨槌を振り上げる。轟く稲妻が大地を焦がす。


「燃え尽きろ――《紅蓮断滅刃》!」 フェルノートの炎剣が灼熱の奔流を描く。雷と炎、二つの猛威がデュランを挟み込む。


 しかし、デュランは剣を払っただけで全てを斬り裂いた。雷鳴は霧散し、炎は掻き消える。


「な……!」 


 ザラッドの瞳が見開かれる。逆に剣圧が襲い、巨槌が跳ね返された。


「ちぃ……!」 


腕を痺れさせながらも後退するザラッド。

フェルノートは冷徹に見据えた。

「ザラッド、下がれ。奴の剣筋は常軌を逸している」


「引けるかよ! 軍勢が見てんだ!」 

炎が彼を覆い、再び二人は前に出る。その背を互いが支えていた。


 右翼から紫煙が立ちこめる。「……幻影陣」 十の幻像がデュランを囲む。

 シアが槍を掲げ、冷気を纏わせる。


「《氷牙乱槍》!」 


幻像に紛れた槍突きが四方から襲う。だが蒼穹剣の閃き一つで幻も槍も砕かれた。


「幻を見切るとは……」 


シュイエンの目が険しくなる。毒霧を撒き散らし、レイピアの切っ先を鎧の隙間に突き込む。


「毒に蝕まれてみろ」


 だが柄で弾かれ、吹き飛ばされた。シアが隙を突き、槍を叩き込む。しかし氷ごと切り裂かれる。氷片が舞い、シアの瞳に恐怖と怒りが同時に宿る。

「化け物……でも、止まらない!」


「今です、ユナ!」


「はい――《氷華連弾》!」


 氷の矢雨が重なり、光と氷の奔流が戦場を覆う。各将の攻撃を束ねる援護射撃となり、兵たちは勝利を幻視した。


  《聖剣陣・光雨》! 

後方から光の剣が雨のように降り注いだ。セリスが光の剣を天に掲げる。


 だが白光が晴れると、そこに立つ影は揺るがなかった。鎧に刻まれたわずかな傷のみ。


「……馬鹿な……」 


セリスの声が震える。ユナは氷槍を握りしめたまま、瞳を逸らさない。

「まだ……終わっていません!」 その必死の気迫が兵たちの心を繋ぎ止める。


 各将の渾身を受けてもなお、デュランは揺るがなかった。剣は全てを斬り払い、その威圧は全軍を圧倒する。


 本陣から見据えるジンの瞳は険しい。イレーネが震える声を漏らした。


「ジン様……このままでは……!」


「分かっている」


 ジンは蒼月刀《真顕》を握り締める。その瞳は烈火のように燃えていた。


「俺が行く」 


イレーネの瞳が揺れる。

「……ジン様」


「全軍を支える柱は必要だ。奴を止めるのは俺の役目だ」


 血煙を散らす風が吹く。ジンが歩を進めると、兵の瞳に再び炎が宿る。 デュランが蒼穹剣を掲げ、冷たい笑みを浮かべた。


「ようやく……出てくるか」


 次の瞬間、蒼月と漆黒が交錯した。戦場のすべてが、その一太刀に集約され――。

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