第二十六話 「戦端の轟き」
夜が明ける。
ルナリアの白亜の城壁に朝陽が差し込み、兵たちの甲冑を黄金に染め上げた。
その光は、まるで戦神が剣を掲げたかのように鋭く、冷たく、そして勇壮であった。
号令の角笛が鳴り響くと同時に、各部隊が城門から流れ出ていく。
陣立てはすでに定められていた。銀牙シンと星羅が率いる先陣、雷槌ザラッドと炎剣フェルノートの中軍、シュイエンとシアが右翼遊撃、ユナとセリスの後方支援。
本陣にはジンとイレーネを中心とする指揮部が控える。
峡谷を抜けた平原に足を踏み入れた瞬間、地を揺るがす咆哮が大気を震わせた。
黒煙を撒き散らしながら迫るのは、魔獣と魔族の群れ。
獰猛な魔狼、棍棒を振るうオークとゴブリンの軍団、力任せのジャイアント、翼を広げるワイバーン、そして不気味な合成獣キメラまでもが混じる。
大地は爪と蹄に抉られ、空は翼に覆われ、戦場の景色は瞬く間に地獄へと変わった。
銀牙シンと星羅
「来やがったなぁ! 獣の群れか! 俺の獣牙で噛み砕いてやる!」
銀牙シンが雄叫びを上げ、鋼鉄の篭手を抜き放った。その刹那、彼の全身から獣じみた闘気が迸る。
続く星羅は紅の長弓を引き絞り、静かに呟いた。
「シン様……どうか無茶をなさらないで」
「無茶じゃねぇ! 突撃だ!」
返答と同時にシンは巨狼の牙を受け止め、逆に首を叩き斬った。鮮血が噴き上がり、戦場の前面が真紅に染まる。
直後、雷牛が角を光らせて突進してくる。だがシンは地を蹴り、身を沈めてかわすと、鋼鉄の篭手をひと薙ぎに振り抜いた。雷牛の腹が裂け、断末魔の絶叫を上げて倒れる。
その背を支えるように星羅が矢を放つ。一矢ごとに聖光が迸り、オークやゴブリンを穿ち抜いた。
「――陣形、楔の陣! 展開!」
星羅の声で、獣人兵と弓兵たちが一瞬にして布陣を変える。三角の尖端にシンが突き立ち、その両翼を弓兵が支える。
さらに星羅は地に魔法陣を描き込み、詠唱を重ねる。
「ユナ様から賜った術よ……《聖弓陣・星雨》!」
光の弓陣が浮かび、兵たちの矢を束ねるように共鳴させる。放たれた矢は流星のごとく降り注ぎ、ワイバーンの翼を焼き裂き、キメラの鱗を穿って爆ぜさせた。
「いい矢だぜ、星羅! 俺の篭手と並べりゃ最強だ!」
「ええ……必ず、押し通してみせます!」
二人は笑みを交わし、前へ進む。
シンの篭手が突破口を切り裂き、星羅の陣術と矢がそれを拡張する。先陣の勢いは留まることを知らず、敵陣を槍の穂先のように突き破っていった。
一方ザラッド達は
「おらぁ! 吹き飛べ、雑魚どもぉ!」
雷槌ザラッドが巨槌を振り下ろすたび、地が揺れ、ゴブリンやオークの群れが粉砕された。雷鳴を伴う衝撃波が走り、十を超える魔物が一度に黒焦げとなる。
隣を進むフェルノートは冷静そのものだった。炎剣を振り抜くと、火焔の弧が幾筋も走り、前方の魔狼やキメラをまとめて焼き尽くす。
「燃え尽きろ――《紅蓮断滅刃》!」
その一撃は前線をまるごと火の海へと変え、敵軍の隊列を崩壊させた。
「雷と炎! こりゃ地獄絵図だな!」
「口を閉じろ、ザラッド。集中を欠くな」
「ははっ! お堅ぇこと言うなって!」
軽口を叩きながらも、二人の連携は寸分の狂いもない。ザラッドが豪腕で道を切り開き、フェルノートが炎で空白を埋める。力と力で敵を圧倒し、じわじわと前線を押し上げていった。
右翼では、静かなる幻と氷の舞踏が繰り広げられていた。
白布を翻し、シュイエンが指を鳴らす。
「……幻影陣」
たちまち戦場に靄が立ちこめ、オークやゴブリンの視界が歪む。十人のシュイエンが現れ、敵を惑わす。真を見極められぬまま、背後から鋭いレイピアが突き抜けた。
その突きには紫の霧が纏わりついている。毒霧の刃に貫かれた魔物は痙攣し、呻き声を上げて崩れ落ちた。
「シア、今だ」
「了解――《氷牙乱槍》!」
氷の槍を手にしたシアが舞う。突きの連打は流星のように鋭く、凍気が敵の四肢を瞬く間に凍りつかせる。
毒と幻影に惑わされた敵は足を止め、そこに氷槍が突き刺さる。足を凍らされ、首を断たれ、魔獣たちは次々に倒れた。
二人の連携は言葉を要さない。幻で惑わせ、毒で削り、氷槍で仕留める。まるで死神が舞うように、右翼の戦場は制圧されていった。
後方では、輝く魔法陣が咲き乱れていた。
「結界展開――《聖域結界》!」
セリスの光の剣から光が広がり、兵たちを守る。瘴気も矢も炎も、結界に触れた瞬間に霧散した。
「ユナ、次は連携だ。《氷華連弾》を重ねる!」
「はい、セリス様!」
二人は詠唱を合わせ、陣を組み替える。光の剣と氷槍が無数に顕現し、飛翔するワイバーンやキメラを次々と貫いた。
ユナは唇を噛みながらも前を見据えた。
(私が護らなければ……皆が傷つく。ここで倒れるわけにはいかない!)
セリスはそんな彼女を一瞥し、内心で感嘆する。
二人の支援はもはや後方に留まらなかった。結界と陣術で味方を守りながら、光の剣と氷槍を雨のように敵へ降らせる。その突破力は一軍を支えるほどであり、戦場の流れを確実に味方へ傾けていった。
丘の上、本陣からジンは戦況を見据えていた。
蒼月刀《真顕》を膝に立て、戦場を凝視する瞳は揺るがぬ炎を宿している。
隣でイレーネが魔法投影の地図に手をかざした。
「各部隊、よく持ちこたえています。しかし……」
「……まだ出てこないな」
ジンの低い声に、イレーネは黙って頷いた。
真に警戒すべきは魔将デュラン。
今の戦いはあくまで序章に過ぎないのだ。
戦況は蒼月軍に傾きつつあった。星羅とシンの先陣は突破を続け、ザラッドとフェルノートは敵を粉砕し、シュイエンとシアは右翼を削り、ユナとセリスは全軍の支柱となった。魔獣と魔族の数は確実に減り、平原は屍の山と化す。兵たちの士気は最高潮に達していた。
だが――。
その時だった。
空が突如、黒く翳った。雲が渦を巻き、光を覆い隠す。
風が止み、大地が凍りつくような圧が戦場を包み込む。
兵も将も、誰もが本能で察した。
――来る。
闇の奥から、一つの影が歩み出る。
漆黒の甲冑に身を包み、背に蒼穹剣を負った男。
その存在だけで、千軍万馬を圧する威圧感。
魔将――デュラン。
その姿を前に、歓声は掻き消えた。戦場は再び静まり返り、空気が張り詰める。
次の瞬間、さらなる地獄が幕を開けようとしていた――。




