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第二十四話 「軍略合戦 グレンとセイリオン」

アウルスは陣営をゆっくりと歩いていた。

彼の眼前に広がるのは、疲弊しきった自軍の姿。包帯を巻かれ呻く兵、鎧を打ち直す鍛冶の音、空になりかけた兵糧庫。勝利を得るどころか、現状を維持するのも難しい。敗戦の影は兵の心にも濃く差し込んでいた。


「……このままでは、砦は落ちぬかもしれぬ」


背後から低く響く声。振り返ると、グレンが地図を抱え佇んでいた。

だがそこには諦観ではなく、なお勝機を探す眼光が宿っていた。


「ならばどうする、グレン」

アウルスの声は冷ややかで、しかし焦燥を隠しきれてはいなかった。


「敵を砦に籠らせてはいけませぬ。我らが勝つ道は、奴らを城外に誘い出し、伏兵で挟み討ちにすることです」


「……誘い出す?」


グレンは地図を机に広げ、一本の線を引いた。砦を無視するように横へ抜ける行軍路。


「まずは前衛に多めの兵を置き、砦を無視して進軍させる。敵は侮辱と捉え、必ず追撃してきます。その瞬間に本隊を伏せていた森から出し、挟撃するのです。士気を打ち砕き、大損害を与えたところで、砦を攻め落とす。……勝つにはこれしかありません」


沈黙ののち、アウルスは深くうなずいた。

「敗戦続きの今、退くことは許されぬ……。ならば賭けるしかない。前衛は焔月に任せよう。余とおぬしは伏兵に回る。すべては策の時機を見極めるにかかっておる」


グレンの唇が不敵に歪む。「必ずや、勝利を」



その頃、砦の上ではセイリオンが遠望を眺めていた。

乾いた風が黒髪を揺らし、鋭い眼光が帝国の軍勢を捉える。


「……ふむ。数が少ないな」


彼は口端を上げ、低く笑った。


「グレンめ、策を弄する時は己も策にもかかりやすい。これは囮か……。ならば、乗ってやろう」


隣に控えていた月影・ミナギが頷く。「敵、本体を伏兵として隠していると見ますか」


「間違いあるまい。ミナギ、すぐに探りを入れろ。敵の伏兵を見つけ出せ」


「御意」

影のように彼女の姿は消えた。


セイリオンはさらに指示を飛ばす。

「ユズハン! ミナギが伏兵を見つけたら、ためらわず突撃せよ。伏兵が動けば、前衛は必ず慌てて助けに向かう。その瞬間が狙い目だ」


ユズハンは片膝をつき、猛禽のごとき眼を燃やす。「はっ」


「その動きが見えたら、城内から新兵器を放つ。連弩――あの巨矢で貫け。射程も威力も桁違いだ。敵の背をなぎ払う」


さらに声を低める。

「烈炎・カンロウ。貴殿は正面から横撃を仕掛けよ。敵の陣形を乱し、逃げ場をなくすのだ」


カンロウは炎を纏う大剣を肩に担ぎ、不敵に笑った。

「任せろ。敵兵が阿鼻叫喚する様、見届けてやろう」


こうして両軍は、互いに相手を罠に嵌めようと刃を研ぎ澄ます。

戦場の空気は、嵐を待つ海のように重く静まり返った。


開戦


やがて、帝国軍前衛――焔月が率いる部隊が動き出した。

砦に背を向け、あえて無視するように街道を進む。


砦の上から見下ろす兵たちは憤りを露わにした。


「馬鹿にしているのか!」

「背を見せて行進など!」


しかしセイリオンは静かに手を上げて制した。

「怒りに駆られるな。今は耐えよ。獲物はもう罠にかかっている」


砦の外では焔月が冷や汗をかいていた。

「……本当に追ってくるのか、グレン」


――だが、砦の内ではすでに策が動き出していた。


ミナギが闇から戻り、低く報告する。

「敵本隊、森に潜伏あり。規模は……おそらくアウルス自ら」


セイリオンは唇を歪めた。

「やはりな。ユズハン、出陣せよ」


「応ッ!」


瞬間、森の一角から轟音が走った。ユズハンの軍が矢のように突撃し、伏兵を暴き立てたのだ。

彼自身は猛獣のごとき斧を両手に振るい、咆哮を上げる。


「オオオオオ――ッ!!」


振り下ろされた一撃は盾ごと敵兵を粉砕し、血飛沫が飛んだ。

二撃目は槍兵を宙に舞わせ、三撃目は地を揺らすように叩きつけられ、十人を一度に薙ぎ倒した。

その姿はまさに獅子が群れを狩るがごとく、帝国兵の心胆を寒からしめた。


森に潜んでいた帝国兵は狼狽し、予想外の早期攻撃に混乱する。


「なに!? 早すぎる……!」

グレンの目が血走った。


前衛の焔月が顔をしかめ、仕方なく踵を返す。

「ちっ……囮のはずが、こちらが引きずられるとは!」


その瞬間を待っていたかのように、セイリオンの手が振り下ろされた。


「撃て――!」


連弩の咆哮


城壁の上、巨大な連弩がうなりを上げる。

雷鳴のごとき轟音とともに、巨矢が空を裂き、帝国兵の隊列を串刺しにした。


爆破の力を宿した矢が放たれるごとに大爆発し、数十人が吹き飛び、兵も馬も同時に串刺しとなる。

後方にいた焔月は血相を変え、思わず叫んだ。


「な、何だこれは……! 矢ではない、まるで槍を雨のように撃ち出しているのか!?」


彼女の部下たちは怯え、足を止める者すら現れた。

「姫将軍! これ以上は――」

「退くな! 退いたら全て崩れる!」


焔月は歯を食いしばり、なお前へ進もうとする。

だが彼女の眼前で、またしても巨矢が炸裂し、兵たちの悲鳴が夜空に吸い込まれていった。


そこへ、さらにカンロウが動いた。

炎を纏う大剣が月光を浴び、赤々と輝く。


「烈炎流――焔斬りッ!!」


刃を地に叩きつけると、火柱が走り、帝国兵数十を炎の壁で包み込んだ。

炎に包まれた兵たちは叫び声を上げながら崩れ落ち、黒煙が立ちのぼる。


「はははは! 踊れ、燃え尽きろ!」


炎は生き物のようにうねり、逃げ惑う兵を追いかけて焼き払う。

カンロウの剣が振るわれるたびに炎の弧が走り、帝国軍の隊列は乱れに乱れた。


アウルスは拳を握り締め、歯噛みしながら戦況を見つめていた。

「セイリオン……! この我を欺いたか」


彼の背後でグレンも悔しげに叫ぶ。

「ぐぬぅ……まさか、ここまで読まれていたとは!」


「伏兵を見抜かれ、逆に伏兵を討たれるとは……!」


帝国の皇帝と軍師、二人の顔に浮かぶのは屈辱の色。

だが退かねば軍は壊滅する。


「兵を退け! これ以上は持たぬ!」

グレンが声を張り上げる。


アウルスはなお剣を抜き、突撃しようとした。

「まだだ! まだ勝機は――」


「陛下!」

グレンが必死に止める。「ここで討たれては、帝国そのものが終わりです!」


アウルスは悔しげに剣を振り下ろし、地に突き立てた。

「……セイリオン……!」


その名を噛み殺すように吐き捨てる。


勝者の笑み


砦の上、セイリオンは冷たく笑みを浮かべていた。

「罠に嵌ったのは貴様らだ。これが我が策の妙よ」


燃え盛る戦場を眼下に収めながら、彼は静かに呟いた。


「グレン……アウルス……。貴様らの才を侮りはせぬ。だが、我を欺くには至らぬのだ」


その言葉どおり、戦場は火と血と鉄の嵐と化し、兵たちの悲鳴が木霊していた。

だが蒼月の武将たちは揺るがず、帝国の動きを見事に操り、大勝した。


帝国軍は退き、蒼月軍は勝鬨を上げる。

敗戦続きのアウルスにまたしても屈辱が刻まれ、セイリオンは冷徹な勝者の笑みを残した。


――帝国は、負傷兵を運びながら、本国へ退却せざるをえなかった。

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