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第二十話 「魔晶宮の戦端」

時を同じくして──蒼月からの援軍がリュミエルへ向かうころ、セイリオンの予感は現実となっていた。

 魔将デュランの軍勢は、予想をはるかに超える速度でリュミエル領へ侵攻していたのである。


 その進軍はまるで黒い潮のようで、抵抗の隙を与えぬまま、領土の三割を呑み込んだ。堅牢と謳われた要塞都市サン=テリオさえ、ほとんど戦わずして落ちる。城壁の上で矢を射る間もなく、門は破られ、街は魔界の兵に蹂躙された──まるで、最初から防衛という選択肢が存在しなかったかのように。


 今やリュミエルの中枢は、魔晶宮ルナリアに籠るしかなかった。

 宮の内部では、軍師イレーネが冷徹に指揮をとり、六耀将筆頭セリス、怪力のザラッド、炎剣のフェルノート、そして氷槍なシアが陣を固めていた。


 その防衛線に、ジン率いる蒼月軍が到着する。

 重厚な門が開き、戦場の緊張をまとった両軍が、互いに短く礼を交わす。


 セリスはジンの顔を見るなり、わずかに眉を動かした。

「来てくれたか、蒼月の将よ。時間との勝負だ」

「こちらも急ぎ足で来た。だが……間に合ったとは言い難いな」

 ジンは周囲を見回す。宮殿の回廊にまで漂う硝煙の匂い──遠くない場所で、すでに戦が始まっている証だ。


 ユナはセリスの後ろに立つシアの姿を認め、小さく手を上げた。シアも頷き返す。その視線には、戦った者同士の本人たちにしか分からない絆があった。


 その時、地鳴りが響き渡った。

 ルナリアの外壁を震わせるほどの低い振動が、波のように押し寄せてくる。


「来たか……」

 ザラッドが腕を組み、唇の端を吊り上げる。フェルノートは大剣を握り直し、炎の魔力を少しずつ剣先に滲ませる。


 やがて、外の地平線を覆い尽くす黒い影が現れた。

 大地を埋め尽くす軍隊。しかも、その姿は人間ではない。


 ゴブリン、オーク、ジャイアント、キメラ、ワイバーン……魔界の奥深くに棲むとされる怪物たちが、統率された隊列で進んでくる。その数は見渡す限りで、兵士一人ひとりが禍々しい魔力を帯びていた。


 セリスは思わず呟いた。

「どうやって……これほどの軍を……」

 ユナも同じく、眉を寄せて声を漏らす。

「まるで、魔界そのものが押し寄せてきたみたい」


 ジンは黙ってその光景を見据え、低く呟いた。

「人間ならざる者相手じゃ……策も限られる。結局は力で押し返すしかないか」


 その言葉に、カンロウの胸が高鳴る。

「なら、話は早えな」

 ザラッドが口角を上げ、フェルノートも笑みを浮かべた。豪胆な猛将たちは恐怖よりも戦意を燃やし、武器を構える手に力が入る。


 そして、その軍勢の先頭に、ひときわ異彩を放つ男が歩み出てきた。

 漆黒の鎧に、背中まで流れる銀髪。瞳は血のように赤く、周囲の空気すら凍りつかせる圧力を放っている。


 魔将デュラン──その名だけで多くの戦士を怯ませる存在。


 彼は周囲の怪物たちを従えながら、声を張り上げた。

「弱き者たちよ! その中に我と一騎打ちをする勇気ある者はおらぬか?」

 言葉は挑発的で、余裕に満ちていた。

「なんなら、何人でもまとまってかかってきても構わんぞ。戦の前の遊びだ、退屈はごめんだからな!」


 城壁の上や門前で、その言葉を聞いた兵たちは息を呑んだ。侮辱にも等しい挑発。しかし、それに応える声があった。


「上等だ!」

 銀牙・シンが最初に飛び出した。目には獣のような光が宿っている。


「面白え!」

 ザラッドがその背を追い、フェルノートも槍を担いで地を蹴る。三人の動きは迷いなく、一直線にデュランへ向かった。


「おい、あいつら……!」

 城壁の上からその様子を見たセリスは、思わず怒声を上げた。

「勝手な真似を……!」

 ジンも同じく、眉をひそめる。

「今は一人でも戦力を無駄にできないってのに……」


 セリスはすぐに冷静さを取り戻し、周囲の兵に指示を飛ばす。

「救援の準備を整えろ! 何かあれば即座に回収に向かう!」

 命令に従い、弓兵や魔導士たちが援護の態勢を取る。


 ユナは胸の奥がざわつくのを感じた。

──デュラン……あの圧力……本当に人間じゃない……

 魔力の波動を読む彼女の感覚が告げていた。これはただの猛将ではない。戦えば、必ず誰かが命を落とす。


 シアは隣で氷槍を握りしめたまま、小さく吐息を漏らす。

──あの人たち……本気であいつを倒せると思っているの?


 だが、銀牙・シン、ザラッド、フェルノート──三人の猛将はそんな危惧など意にも介さず、ただ前を見据えていた。

 己の力を試す好機。勝てば名誉、負けても後悔はない──戦場を生きる者の誇りが、彼らを突き動かしていた。


 そしてデュランは、そんな三人を見て愉悦の笑みを浮かべる。

「ふふ……せめて退屈はしのげそうだ」


 黒い戦雲が、ついに音を立てて動き始めた。

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