第十八話 「氷槍は二つの月を抱いて」
リュミエル連邦王都の大広間は、今までにない熱気に包まれていた。
白亜の柱に囲まれた玉座の間、その中央に立つのは蒼月国王──神楽ジン。彼の両脇には氷槍のユナと、蒼月の賢将セイリオンが並ぶ。背後には、星羅、カンロウ、ガロン、セリーナといった面々も揃い、戦を終えた後の静かな誇りを漂わせていた。
玉座に座るリュミエル王アステリオンの表情は、喜色に満ちていた。
「蒼月国の友よ、そなたらの勇を忘れはせぬ。このたびの援軍がなければ、我が国はすでに帝国の牙にかかっていただろう」
王の声が大広間に響くと、侍従たちが黄金や宝石、古代の武具、珍しい薬草など、山のような礼品を運び込んだ。
セイリオンは、魔法の杖と古文書を受け取り、目を細めて深く礼をした。
カンロウは両腕でやっと抱えられるほどの大斧──焔豪刃の新たな刃を受け取り、感嘆の息を漏らす。
星羅は、古代魔法陣の原本と希少な魔鉱石を授かり、指先でそっと触れた。
ガロンには戦馬、セリーナには最高級の錬金素材。
そして、ユナのもとには──氷の女神を象った、白銀の槍飾り。
アステリオンはその槍飾りをユナの手に置き、微笑んだ。
「氷槍のユナ。そなたの戦いぶりは、我が国の伝承に残る女神そのものだ」
その言葉に、六耀将の雷槌ザラッドがすかさず声を張り上げた。
「いや、伝承どころか、今や本物の女神だと俺は思っている! なあ、みんな!」
「はははっ!」
その場に笑いが弾け、緊張が一気にほぐれた。
帰路の馬車の中、ユナは窓の外を眺めながら、隣に座るジンの横顔を見ていた。
戦場では冷徹で鋭い眼を持つ彼も、今は少し疲れたような穏やかな表情をしている。
──この人が、いなかったら。
胸の奥に浮かんだ想像を、ユナは振り払うように小さく首を振った。
その反対側には、星羅が静かに座っている。星のように澄んだ瞳が、時折ユナと交わる。
ユナは微笑み返しながらも、自分の中の複雑な感情を隠しきれなかった。
ジンに対する想いと、星羅に対する特別な情愛。それは戦を共に越えるたび、形を変えながら強くなっていく。
──二人とも、私にとっては守るべき光。
そんな思いが、胸に温かくも切ない痛みを残す。
蒼月国に帰還して数日。
束の間の休息が訪れ、兵も民もそれぞれの日常へ戻りかけていた。だが、その静けさは長く続かなかった。
ある日、玉座の間の扉が急ぎ開かれる。
「陛下! 至急!」
駆け込んだ伝令の顔は蒼白だった。
「魔将デュランより、正式な宣戦布告が届きました! 標的は──リュミエル・蒼月同盟!」
空気が凍りつく。
セイリオンがすぐに進み出て、鋭い声を放った。
「帰還して間もないですが、早急に軍議を開くべきです。デュランの領地はリュミエルに接しており、進軍は迅速でしょう。時間を置けば置くほど、被害は拡大します」
軍議の間に、将たちが集った。
セイリオンは冷静に地図を広げ、敵の行動予測を説明する。
カンロウは焔豪刃を壁に立て掛け、顎に手を当てて黙考。
ガロンは腕を組み、じっと地図を睨みつける。
星羅は魔法陣の計画図を広げ、どこに防御結界を張るか思案していた。
ユナは、その光景を目に焼き付けながら、自分の中に沸き上がる焦燥を抑えていた。
──また戦になる。
ジンも、星羅も、必ず前線に立つ。
その現実が、胸を締め付ける。
でも、守らなければ。二人を失うことだけは、絶対に──。
気づけば、手の中の氷槍の装飾がわずかに冷たく震えていた。
ユナは静かに深呼吸し、戦士の顔を取り戻す。
愛する者たちを守るための冷たい覚悟が、氷のように心の奥で固まり始めていた。




