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第十二話 「挟撃の刃、氷槍の閃き」

塔の心臓部に設置された魔法陣は、もはやかつての威容を失っていた。

 補助装置が破壊されたことで光脈は乱れ、淡く脈打つだけの残滓と化している。

 足元に伝わる魔力の波は弱く、敵兵の動きを縛る力も失われていた。


 帝国軍師グレン・リヒトは、塔外の高台からその様子を見下ろし、唇の端を歪める。

「計算通りだな……」

 再び稼働を始めた攻城兵器の巨腕が、唸りを上げて石弾を放つ。

 鈍い轟音とともに巨石が塔の外壁に食い込み、破片と土煙が弾けた。

 矢の雨が降り注ぎ、槍兵と盾兵の密集がじわじわと塔の基部を圧迫していく。


 防壁上では、ネイアが長柄鎌を振るい、迫り来る梯子兵を次々と薙ぎ払っていた。

 隣ではシアが氷槍を突き出し、凍気を纏った一撃で敵兵を吹き飛ばす。

 エリオットは弓を引き絞り、矢羽根が悲鳴のように唸りながら敵の将校を射抜いた。


 しかし、彼らの奮戦にもかかわらず、数の差は覆しがたい。

 ネイアは汗を滲ませ、心中で呟く。

(このままじゃ……押し潰される)

 シアの頬にも焦りが浮かぶ。

 エリオットは額に手をかけ、視線を巡らせた。

 包囲は完成しつつある。援軍はまだか——。


 グレンの視界に映るのは、勝利目前の情景だった。

 左右からはヴァン・ドルグ率いる大斧部隊と、焔月の赤刃部隊が波状のごとく塔を包み込んでいる。

 ラウルが軍配を掲げ、突撃の合図を待つばかり。

「もう少し……あと一押しで落ちる」

 その確信が、彼の中で揺らぎもしなかった——その瞬間までは。


 ——ドオォン!


 塔の背後、帝国軍本体のさらに後方から、突如として地鳴りのような轟きが響いた。

 鉄蹄の音が押し寄せ、冷たい風が戦場を駆け抜ける。

 帝国兵の視線が一斉に背後を振り返ると、見慣れぬ軍旗がたなびいていた。

 蒼月国の青白い月章——。


「間に合ったか!!」

エリオットが喜びの声を上げる。


 その先頭を駆けるのは、白銀の鎧を纏った総大将セイリオン・アルフェクト。

 彼の隣には、蒼い冷気を纏う少女ユナ・グレイスが氷槍を構え、馬上から敵列を射抜く視線を放っていた。

 ヴァンの背後には、炎をまとった大斧《焔豪刃》を肩に担ぐカンロウと、その傍らで冷静な眼差しを光らせる少女——星羅の姿。

 焔月の背後には、黒盾を構えた巨漢ガロウが、突進の体勢で迫っていた。


 グレンは瞳を見開き、吐き捨てるように唸った。

「……セイリオン、貴様!」


 追い討ちをかけるように、塔の城門が内側から開かれた。

 ネイア、シア、エリオットが率いる城兵が鬨の声を上げ、帝国軍の側面に斬り込む。

 まさに挟撃——戦場で最も恐るべき状況が、グレンの目の前で完成していった。


 その中でも特に異様な動きを見せたのは、ヴァン部隊の背後に現れたカンロウ隊だった。

 しかし指揮を執っているのはカンロウではなく、星羅だった。


 星羅は戦場全域を一瞥し、わずか数呼吸で敵の配置と動きの癖を読み取る。

 瞳は鋭く、声は澄み渡る。

「カンロウ様、鋒矢の陣で中央突破します。先頭、私の魔法陣に合わせて」


 彼女の足元に、氷と光の紋様が瞬時に展開された。

 それはユナ直伝の戦術魔法陣——凍気を伴う幻影陣だ。

 敵から見れば、突進する兵の数が倍に見え、間合いを誤らせる仕掛けである。


 「応よ!」とカンロウが獰猛に笑い、焔豪刃を振りかざす。

 先鋒の槍兵が一斉に地を蹴り、炎と氷が交錯する光景が戦場を裂いた。

 カンロウの一撃ごとに敵兵が弾き飛ばされ、魔法陣が撒き散らす冷気が後続の足を奪う。

 鋒矢の尖端は、まさに砕氷船のごとく敵の密集を割って進んだ。


 ヴァンは怒号を上げ、部隊を立て直そうと大斧を振るうが、中央突破の衝撃はあまりに速く深い。

 数十秒と経たずに隊形は裂かれ、瓦解の兆しが見えた。


 「今よ!」

 星羅が手を掲げ、第二の魔法陣を展開する。

 鋒矢の陣形が左右へと広がり、鶴翼の形を成す。

 さらに、その両翼の先端には回転しながら突き崩す「車懸りの陣」を組み込み、側面から絶え間ない攻撃を加える。

 鶴翼の美しさと車懸りの苛烈さを併せ持つ——星羅独自の「鶴翼車懸りの陣」であった。


 退路を完全に断たれたヴァン部隊は、押し潰される獲物のように悲鳴を上げる。

 包囲は秒単位で縮まり、突破口はもはや存在しない。


 ヴァンは血走った瞳でカンロウを睨み、笑った。

「面白ぇ……来いよ!」

 カンロウは炎を纏う焔豪刃を構え、無言で応えた。


 両雄の一騎打ちは、雷鳴がぶつかり合うような衝撃だった。

 ヴァンの斧は重く鋭く、振り下ろすたびに空気が裂ける。

 カンロウは大斧でそれを受け止め、時にいなし、時に弾き返す。

 炎と鉄が交差し、爆ぜる火花が二人の間に舞った。


 数十合の死闘の末、カンロウが踏み込み、焔豪刃の刃先がヴァンの胸甲を深く抉った。

 ヴァンの口から赤い飛沫がこぼれ、握っていた大斧が地に落ちる。

 巨躯がゆっくりと、しかし抗えずに崩れ落ちた。


「敵将ヴァン·ドルグ討ち取ったー!」


 狂犬ヴァン・ドルグ——その名は、ここに戦場から消えた。

 指揮官を失った部隊は総崩れとなり、瞬く間に戦列は消滅する。


 星羅は包囲陣を維持しつつ、冷静に周囲を観察していた。


「全軍、この勢いで次の包囲線を締めます。止まるな!」

 星羅の声は凛として響き、兵の士気を一層高めた。


 遠く、高台の上からそれを見ていたグレンは、拳を握り締め、唇を噛んだ。

「……まさか、あの少女がここまでやったのか

 一体何者だ______。」


 勝利の天秤は、完全に蒼月国と連邦側へと傾きつつあった。


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