表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
62/83

第十話 「影鎌の夜襲」

リュミエルからの援軍要請に、蒼月国の軍議は一刻を争った。

 ジンは即座に「出す」と言い切った。

 総大将は六耀将にも並ぶ戦略眼を持つ軍師セイリオン・アルフェクト。副将には蒼月組総長ユナ・グレイス、烈炎・カンロウ、そして玄武・ガロウが名を連ねた。


 ジンはユナを案じた。リョウカとレンゲを失った記憶はまだ生々しい。だがユナは揺るがなかった。

「総長が出ずして、誰が兵を率いるのです?」

 その目には恐れも迷いもなく、ただ蒼月国の武将としての責任が燃えていた。


 さらに驚くことに、その背には星羅の姿があった。

「初陣です。お姉さまの隣で戦いたい」

 幼い声に、ジンは一瞬だけ眉を寄せたが、ユナは黙って頷いた。守るためにも、戦場を知るためにも——。


 その頃、ルミナ・ヴェール砦では、すでに帝国軍が前線拠点を構築し、にらみ合いが続いていた。

 連邦側の総司令エリオット・グランディは、援軍到着までの籠城を選択していた。魔法陣に守られたこの砦は、守勢に回れば堅固である。しかし——。

「先手を打って士気を折るべきです」

 影鎌のネイア・エルミルが静かに進言した。

 その瞳には、暗がりの奥を見据える鋭さが宿っている。

 彼女は奇襲の妙を知り尽くしていた。恐怖を与えることこそ、戦場の流れを変える鍵だと。


 エリオットは逡巡した。籠城は正道、だがネイアの言にも一理ある。副将シアは沈黙を守った。結論は——。

「任せよう。ただし、深入りはするな」


 夜。

 月は雲に隠れ、砦の外は闇に沈んでいた。

 ネイアは二百の精鋭を率い、音もなく前線拠点へと忍び寄る。鎌の刃先は漆黒、甲冑も夜色に溶けるよう仕立てられている。


 だが、半里手前で、ふと肌を撫でる違和感が走った。

 耳鳴りにも似た、微かな魔力のざわめき。

(……嫌な気配)

 それでも、予定通り合図を送り、一斉に切り込む。


 ——そこは、空だった。

 焚き火の灰だけが、風に舞っている。

「……罠だ!退けっ!」

 叫びが終わる前に、地面が鈍く脈動し、足元一面に光の紋が走った。

 複雑な魔法陣が絡み合い、足に、腕に、鉛のような重さがのしかかる。息が詰まり、握った鎌の柄が滑りそうになる。


「敵を一匹も逃すな!」

 鋭い号令が闇を裂いた。ラウル・フェルナンド——軍配を高く掲げ、陣全体に指示を飛ばす。

 その手元は次の瞬間、細剣へと変わる。

 狙いはただ一点、混乱の中で敵の要を断つこと。

 軍配で味方の動きを束ね、細剣で敵の息を奪う。ラウルは静かな炎のような戦意を湛えていた。


 兵の列を割って、赤い光が迫る。

 焔月だ。

 真紅の刀身が闇に浮かび、吸い込まれるように抜かれる。

「お覚悟を」

 それは儀礼ではなく、処刑宣告だった。


 ネイアは即座に影鎌を振るい、刃を影の波に変える。焔月は一歩も引かず、赤い斬光でそれを断ち切る。

 金属音が弾け、火花が宙に散る。

 斬撃と鎌撃が交差するたび、影と炎がぶつかり合い、夜が色づいた。


 ネイアは影の裂け目から分身を放つ。背後から鎌が迫るが、焔月は振り返らずに抜き打ちで両断する。

「……久しぶりだ、骨のあるやつは」

 焔月の声は愉悦を帯びていた。


 しかしネイアも引かない。鎌の刃が焔月の面頬をかすめ、赤い血が一筋流れる。

「この借りは必ず返すよ!」

 短く吐き捨て、ネイアは影を踏み台に後方へ跳んだ。


 その間にもラウルの細剣は冷たく光り、撤退する兵の背後を的確に突き、逃げ道を断つ。

 だが、ネイアは最後の一団を守りきり、闇の中へと消えていった。


 焔月は深追いせず、刀を納めた。

 月が顔を出し、赤い刃を銀色に染める。


 そして後方からの視線に気づく。軍師グレン・リヒトだ。

 彼は無言のまま全てを見届け、低く呟いた。

「お前たちの動きなど、看破することなど容易い」


 帝国軍の前線は、その夜、揺るがぬ勝利の空気に包まれていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ