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第九話 「魔法塔に吹く戦の風」

星羅が蒼月国の一員となってから、季節がひとつ巡った。

 訓練場に響く木剣の音、町での穏やかな笑い声、夜に囲炉裏を囲んで語らう時間――それらはユナにとって、失われた時間を少しずつ埋める宝物となっていた。

 ジンもまた、娘のように接する星羅と過ごすことで、過去の悔恨から心を解き放ちつつあった。


 遠く離れた帝都アイン・ヴァルト。

 重厚な扉が閉じられた軍議の間では、王と高官、そして将軍たちが円卓を囲んでいた。

 壁に掛けられた大地図の一角、国境近くに刻まれた一点――魔法結界塔〈ルミナ・ヴェール〉。

 リュミエル連邦との緩衝地帯であり、長年侵すこと叶わなかった難攻の砦だ。


 王の声が響く。

 「我らは領土を取り戻す。これ以上の後退は許されぬ」


 参加将の名が読み上げられていく。

 総司令は軍師グレン・リヒト。無駄を嫌い、感情を戦局に持ち込まぬ冷徹な男。

 彼の脳裏には、すでに戦況図が幾通りも浮かんでいる。勝率の数字だけが、彼の胸を満たす。


 副将は五剣将ラウル・フェルナンド。

 その姿はしなやかな細剣と、指揮の象徴たる軍配を携えていた。

 彼はただ剣を振るう武人ではない。戦場全体を見渡し、味方を最も効率的に動かすことにこそ誇りを持つ戦術家だ。

 ――だが、今回は違う。

 「勝つだけでは足りぬ。完全にねじ伏せねば、連邦は牙を研ぎ続ける」

 そう考える彼の目は、冷たい光を帯びていた。


 さらに、五剣将焔月。

 漆黒のような髪と瞳を持つ女将は、かつて自らの故郷を連邦軍に焼かれた過去を胸に秘めている。

 「私が燃やすのは、連邦の驕りだ」

 唇の端に、戦の匂いが漂った。


 猛将ヴァン・ドルクも名を連ねる。

 分厚い腕、岩のような背。戦を「生きる場」と捉える彼は、戦が近づくにつれ表情が愉悦に歪んでいく。

 「血の匂いが、もう風に乗ってる」


 この日の軍議で、帝国の大矛先はついに定まった。


 ◆


 国境を越え、報はすぐにリュミエル連邦の首都リュクス・ヴェルトへ届く。

 宮殿奥の作戦室に集まったのは、六耀将と呼ばれる国の柱たち。

 「帝国軍、ルミナ・ヴェール攻略に動く」

 報告の声は短く、重く響いた。


 六耀将エリオット・グランディは、地図を見下ろすと顎に手を添えた。

 彼は貴族の血を引きながらも、前線で幾度も死線をくぐり抜けた歴戦の将。

 「ここを落とされれば、我らは雪崩を打つように後退を余儀なくされる。前線を維持するには、全力で防ぎ切るしかない」


 彼の脳裏には、敗北の光景も勝利の光景も既に描かれていた。

 だが、それを顔に出すことはない。将とは、最後まで兵に迷いを見せぬ者だと知っているからだ。


 影鎌使いネイア・エルミルが口を開いた。

 「結界塔の守りを頼む。私は敵の中枢を削ぐ」

 彼女の声には熱も冷たさもなかった。ただ、己の役割だけを告げる機械のようだった。

 かつて、帝国軍に仲間を皆殺しにされたその日から、感情を戦場に置き忘れてきた女――それがネイアだった。


 氷槍使いシア・フレイナールは、淡い銀髪を指で払いつつ言う。

 「氷は砦を守る鎧。砕けぬ限り、ここは落ちぬ」

 その声は静謐だが、心の底では帝国軍の名を聞くたびに血が騒いでいた。

 幼き日、帝国兵に追われた雪原で生き延びた記憶が、彼女の槍をより鋭くする。


 会議の終わりに、エリオットは一通の命を下した。

 「蒼月国に援軍を要請せよ」

 蒼月の武将たちを知る彼は、帝国軍を押し返す唯一の可能性としてその名を挙げた。


 ◆


 ルミナ・ヴェール――それは魔法陣に守られた砦であり、侵入者を確実に弱らせる結界塔が中央にそびえる。

 守る者にとっては鉄壁、攻める者にとっては悪夢。

 だが、それでも帝国軍は突き破るつもりでいた。


 エリオット率いる連邦軍が砦に到着したとき、空はすでに曇り始めていた。

 冷たい風が旗をはためかせ、石壁に刻まれた魔法陣が淡く光を放つ。

 「嵐は近い」

 シアが小さく呟く。


 ほぼ同じ時刻、蒼月国の城門にも、連邦の使者が馬を駆って到着した。

 その顔には長旅の疲労と、切迫した使命感が刻まれている。

 「急ぎ、総長ユナ殿にお目通りを――!」


 静かな日常に、一陣の嵐が吹き込もうとしていた。

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