第七話 「紅蓮に散りし報せ」
蒼月国の王都ツキノミヤ。
朝靄の中、城門を一騎の早馬が駆け抜けた。蹄鉄が石畳を打つ音は、まだ静まり返った街の空気を裂き、城の中枢へと一直線に向かう。
「報告! レンゲ様、リョウカ様……帝国にて捕縛されたとのこと!」
緊迫した声が謁見の間に響き渡る。その場に居合わせたジンは、一瞬、耳を疑った。
「……捕まった、だと?」
横にいたユナの顔色が、みるみるうちに青ざめていく。隣で控えるセイリオンも、眉間に深い皺を刻んだ。
レンゲとリョウカ――蒼月国の若き精鋭であり、ジンやユナにとっては弟子同然、いや、血のつながらぬ家族であった。
ジンは強く拳を握りしめた。無意識のうちに、爪が手のひらを切り裂く感触があった。
「……詳しい状況は?」
セイリオンの低く鋭い問いに、使者は首を横に振る。
「詳細は不明。王都近郊で潜入行動中、帝国の五剣将・焔月に捕らえられたとのこと……」
その名を聞き、空気が一層重く沈む。焔月――帝国でも危険視される剣士の一人だ。
「……すぐに救出に向かわねば」
ジンが前へ出た。
「待て、ジン」セイリオンが制する。「王都までは十日以上。しかも今は警戒が最も厳しい時期だ。正面から軍を動かせば――」
「それでも行く!」ジンの声は怒りと焦りに震えていた。「あいつらを見殺しにはできん!」
ユナも頷いた。
「私も行くわ。レンゲもリョウカも、私にとっては……我が子なのよ!」
彼女の瞳には涙がにじみ、声はかすれていた。
その場に居た月影・ミナギが一歩前に出る。
「正面突破は自殺行為。だが、潜入ならば……私が道を開くことも可能だ」
小柄な体に似合わぬ鋭い眼光が、救出の決意を語っていた。
重苦しい空気の中、全員の意志はひとつになった。
――必ず二人を助け出す。
だが、その時だった。
再び城門の方から、慌ただしい蹄の音が響いた。もう一騎の早馬が砂塵を上げて到着し、使者が血相を変えて飛び込んでくる。
「報告――! レンゲ様、リョウカ様……本日、帝都にて処刑されたとのこと!」
その瞬間、時が止まったようだった。
ユナは目を見開き、膝から崩れ落ちる。
「……うそ……」
震える唇から漏れるかすかな声。次の瞬間、嗚咽がほとばしり、彼女は両手で顔を覆った。
「いや……いやぁ……!」
その泣き声は、城の高い天井に吸い込まれていく。
ジンは何も言えなかった。目の奥が灼けるように熱く、胸の奥に重く冷たい鉄塊を押し込まれたような感覚だけがあった。
(……俺は、若いあいつらの心を、読めなかった)
後悔が、怒り以上に彼を苛んだ。
セイリオンは深く息を吐き、静かに目を伏せた。彼もまた内心では激しく揺れていたが、その感情を押し殺している。
「……そうか」
その一言に、彼が抱える哀しみの深さが滲んでいた。
日が落ちても、ユナは泣き止まなかった。やがて体力も尽き、寝台に伏したまま食も喉を通さなくなる。
ジンはそんな彼女のそばを片時も離れず、手を握り続けた。
数日後――。
まだ顔色の戻らないユナが、城の広間に姿を現した。
その目は涙の跡を残しながらも、憤怒に燃えていた。
「……もう我慢できない。帝国に乗り込むわ。全員……皆殺しよ!」
その声には迷いがなかった。
広間の空気が一気に張り詰める。
ジンも立ち上がり、同じく怒気を放った。
「俺も行く。奴らを、この手で斬る」
だが、セイリオンが一歩前に出て二人を遮った。
「断固反対だ」
低く、しかし揺るぎない声。
「王都に着く頃には、向こうは万全の備えをしている。私情で軍を動かせば……国が危うくなる」
ユナは叫ぶ。
「じゃあ……私一人で行く!」
その言葉はほとんど泣き声だった。
ジンが彼女の肩を抱きしめ、首を振る。
「駄目だ。死ぬために行くようなものだ」
ユナは肩を震わせ、嗚咽を漏らす。
「……ごめん……二人とも……敵も取れないなんて……」
その言葉に、ジンの胸が締め付けられる。彼は強く彼女を抱きしめ、静かに誓った。
「……いつか必ず、あいつらの敵を取る」
その誓いは、炎のように二人の心に刻まれた。
しかし、それが果たされる日が来るのか――まだ誰にも分からなかった。




