第四話 「六耀将の誓いと女神の癒し」
――蒼月国・王城客間
ユナ・グレイスは、静かな足音と共に入ってきた女性を見て、息を呑んだ。
「……セリス様?」
「久しぶりね、ユナ。」
声はかすれているが、その目はかつて弟子を見つめていたあの強い眼差しだった。
再会の喜びも束の間、セリスは袖をめくり、包帯を解いた。
そこには、黒い痣のような模様が脈打つたびに広がり、淡い煙を立ちのぼらせている傷――暗黒の呪いが刻まれていた。
ユナの表情が固まる。「……これは……」
「時間がない。仲間が同じ傷を負っている。あのザラッドが、もう長くは……」
セリスの声は必死だった。
かつて戦場で幾度も死線を共にした仲間。その命を救えるか否かは、この少女の力にかかっている。
ユナはゆっくりと息を吸い込み、頷いた。
「……聖光治癒を施します。少し痛みますが、耐えてください。」
白金の光が彼女の手から溢れ、セリスの腕を包み込む。
光は黒い模様を焼くように侵食し、じわじわと薄くしていく。
セリスは歯を食いしばり、額に汗を浮かべた。だが、その痛みは絶望ではなく、確かな希望の予兆だった。
やがて黒い煙は完全に消え、肌は元の色を取り戻す。
セリスは深く息をつき、驚きと安堵の入り混じった表情でユナを見つめた。
「……これなら、間に合う。」
ユナはすでに荷造りを始めていた。
「私も行きます。命を救えるなら……でも――」
ふと手が止まる。窓の外に目を向ければ、訓練場でジンが部下たちに指示を飛ばす姿があった。
彼の背中は、いつもより遠く見えた。
出立前、ジンは何も言わずに彼女を抱きしめた。
「……行ってこい。お前が守りたいと思うものを守れ。だが、無理はするな。」
その言葉に、ユナは唇を噛み、静かに頷いた。
――リュミエル王国・六耀将の間
重苦しい空気の中、扉が開いた。
「セリス様!」
驚きと喜びの声が上がる。だがその後ろに続くユナの姿に、皆の視線が集まった。
「患者はどこですか?」
その短い言葉に、六耀将たちは即座に道を空けた。
ザラッドはベッドに横たわり、意識は朦朧としている。
その胸には大きな暗黒の爪痕があり、脈動するたびに黒い波紋が広がっていた。
ユナは深く息を吸い、両手をかざす。
「聖光治癒――発動。」
光が部屋を満たし、温かさと痛みが同時に走る。
ザラッドの体が震え、うめき声をあげた。
それでもユナは手を止めず、ただ傷の奥に潜む暗黒を追い詰め続けた。
やがて黒い痣は消え、呼吸が安定する。
数分の静寂ののち、ザラッドの瞼がゆっくりと開いた。
「……女神……?」
掠れた声が、意外なほど柔らかかった。
戦場では怒号しか発しない男が、今は子犬のような眼差しでユナを見上げている。
「お前は……俺を救った……」
セリスは呆れ半分、安堵半分で笑った。
「このザラッドが……女神の再臨、ね。」
他の六耀将たちも吹き出し、長く続いた緊張が解ける。
その場には、戦士たちの笑い声が絶え間なく響いた。
治療を終えたユナに、フェルノートが一歩進み出る。
「お前のおかげで命が救われた。六耀将は、お前に恩を返すと誓う。何かあれば、必ず駆けつける。」
ユナは少し照れくさそうに頭を下げた。
「……ありがとうございます。」
――帝都アイン・ヴァルト・皇宮
一方その頃、皇宮の大広間では、新たな五剣将の任命式が執り行われていた。
壇上に現れたのは、漆黒の髪を一つに結び、鋭い眼差しを持つ女性――焔月。
ジンがかつて語った、「日本剣術使い」という言葉が、彼女の佇まいから真実だとわかる。
その動きは静かだが、剣を抜けば一瞬で空気を裂くであろう緊張感を纏っていた。
帝国の高官たちは口々に「これで欠員は埋まった」と安堵の声を漏らす。
だが、焔月の瞳は微動だにせず、ただ遠くの戦場を見据えているようだった。
だが、ギルベルトとレオナードは、セリーナの居場所が無くなることに、不満があることは、誰の目にもあきらかだった。
その視線の先にあるのは――蒼月か、リュミエルか。
帝国の影が、再び各国を覆い始めようとしていた。




