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第二十四話 前編【砦に忍び寄る影】

酒宴の熱気は、すでに異様な静けさへと変わっていた。

 数刻前まで笑い声と杯のぶつかる音で満ちていた広間は、今や床に倒れ込む兵士たちで埋め尽くされている。

 濃厚な酒の匂いと、微かに鼻を刺す薬草のような匂いが混ざり合っていた。


 レオナード・クレストは、ぐらつく視界を押さえつけるように額を握った。

 「……くそ……身体が……重い……」

 彼は戦場で幾度も負傷しながらも剣を振るってきたが、今ほど自分の四肢が鉛のように動かぬ感覚はなかった。


 隣ではギルベルト・アッシュフォードも額に汗を浮かべ、荒い息を吐いている。

 「な……何だ、この……感覚は……酒に……混ざって……やがる……」

 彼の炎のような瞳も、今は焦点を定められずに揺れている。


 その時、入り口から一人の兵士が駆け込んできた。

 鎧は泥に汚れ、肩で息をしながら声を張り上げる。

 「報告っ……! ミストラル砦……落ちました!」


 場にいたわずかに意識を保つ者たちが、その言葉に息を呑む。

 レオナードの眉間に深い皺が刻まれた。

 「……何だと?」


 伝令は震える声で続けた。

 「セリーナ殿が無明砦の戦に参加されたことで、ミストラル砦の守りが手薄になっておりました。

 そこを……セイリオン将軍が銀牙・シン、そして“花霞”シュイエンを率いて急襲……。

 数刻のうちに砦は陥落……。これまで奪った周辺の拠点も……次々に奪い返されています!」


 その名を聞いた瞬間、ギルベルトが低く唸る。

 「セイリオン……銀牙シン……あの連携か……」


 レオナードの視線が鋭く細められる。

 ミストラル砦は蒼月国南西の要衝であり、補給路の一部を支える重要拠点だった。

 その失陥は、帝国軍の前線全体に大きな打撃となる。


 セリーナはわずかに息を飲み、胸の奥に冷たい棘が刺さるような感覚を覚えた。

 ――守れ、と命じられていた。

 それを破り、戦果を求めて無明砦に来た結果がこれだ。


 彼女は拳を握りしめる。

 (命令を守っていれば……ミストラルは落ちなかった……)

 後悔の念が心を締め付けたが、時間は戻らない。


 その時、壁際の警備兵が慌ただしく駆け寄ってくる。

 「報告! 砦の外で武装した一団の影を確認……恐らく敵の精鋭部隊です!」


 セリーナの瞳が鋭く光った。

 彼女は即座に視線を巡らせ、酔いで戦えぬ将兵の多さを確認する。

 レオナードとギルベルトも例外ではなかった。

 この二人は帝国において国の柱ともいえる存在――失えば帝国軍全体の士気が崩れかねない。


 セリーナは素早く決断した。

 「まだ動ける兵はいるわね? レオナード将軍とギルベルト将軍を守り、直ちに本国へ撤退しなさい!」


 兵士たちは驚きと躊躇を浮かべたが、彼女の声の迫力に押されて敬礼し、二人を支えて移動を開始する。


 レオナードは低い声で問う。

 「……セリーナ、お前は?」

 「私は残ります。……敵はすぐそこまで来ている」


 ギルベルトが血走った目で彼女を睨む。

 「無茶だ……!」

 だがセリーナは微笑すら浮かべた。

 「お二人を失うわけにはいきません。私は……この命を使う時を選びます」


 それ以上の言葉を拒むように、彼女は背を向けた。

 背中越しに、重い鎧が小さく鳴る音だけが響く。


 ――砦の外、黒い霧のような気配がじわじわと迫ってくる。

 その中心に立つのは、神楽ジン。

 冷徹な瞳が夜の闇を切り裂き、その後ろには氷槍を携えたユナと、双剣を操るレンゲの姿がある。


 彼らはすでに獲物の居場所を察知していた。

 ジンは低く呟く。

 「……レオナードとギルベルトを討ち取る。それが今夜の目的だ」


 そして、砦内部の影――天将七傑の一人、月影・ミナギからの合図が送られる。

 「標的、移動開始。……急げ」


 砦の暗闇に、三つの影が溶けて消えた。

 その行く先には、一人立ち塞がるセリーナ・エリュシオンの姿があった――。

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