第五話:不壊の壁、揺るがず
ローク谷の東側、狭間の斜面にて。
黒鉄の盾を掲げたガロウが、帝国軍の前に立ちはだかった。
「貴様らに、ここを蹂躙させるわけにはいかねぇ。俺は、蒼月組のガロウ。……この命、亜人たちの誇りに賭ける」
——その声は低く、しかし揺るがぬ意思に満ちていた。
「撃てぇぇぇッ!!」
帝国軍の号令と同時に、前衛の弓兵たちが矢の雨を放つ。
だが、ガロウは一歩も動かない。
「——《不壊の壁》」
轟音と共に、巨大な盾に矢が無数に突き刺さるも、その身は微動だにしない。
まるで鋼鉄の壁の如く、前線を守りきっていた。
「くっ、バケモノめ……! 物量で押し切れ!」
怒号が飛び、突撃兵たちが一斉に駆ける。
だが、その前にガロウが静かに吼えた。
「おらァ!!」
盾で突撃兵を薙ぎ払い、地を這うように一気に距離を詰めては、鉄拳で兵を吹き飛ばす。
まるで一人で戦場を制しているかのような猛威だった。
——しかし。
「ふん、やはり“壁”だな。ならば、崩し方も心得ている」
軍勢の後方。
そこに佇む黒衣の剣士が一人。
銀髪、仮面、そして帝国式の細身の剣。
「……まさか、あれは……!」
ジンがその姿を見て、わずかに目を見開いた。
(間違いない……あの構えは、あの世界の……日本剣術!?)
剣士は静かに前へ進む。
帝国軍の将兵たちも道を開ける。
「名を名乗れ」
ガロウが盾越しに問いかける。
仮面の剣士は、わずかに口元を歪めた。
「名など、もはや捨てた。“焔月”とでも呼べばいい」
「……焔月、だと?」
「ただし、“君たち”の月ではない。“炎に呑まれた月”だ」
そして剣士は、風を裂くような速さで動いた。
「——《焔葬・影抜き》」
仮面の剣士の剣閃が、一閃、空気を裂いた。
ガロウが咄嗟に盾を掲げ、受け止めるも、その刃は重装の隙間を掠めた。
「ぐっ……!」
血が舞う。
一歩退くガロウ。だが、その目に宿るのは、怯えではなかった。
「……面白ぇ。これくらいじゃ、止まらねえよ」
「さすが、“不壊の壁”……。ならば、何度でも叩き割るだけだ」
激突する盾と剣。
力と技。鉄壁と刹那。
蒼月組と帝国——その象徴同士の激戦が、ローク谷に火をつける。
だがその裏で、ジンとユナはすでに次の布陣へと動いていた。
「ガロウの前線はもたせる。その隙に——」
「……ジン。森の裏手に、もう一部隊。回り込んでいる」
ユナが鋭く報告した。
「帝国の“将”がいるな。……さて、こちらも切り札を出すか」
ジンが小さく囁く。
「リョウカ、出番だぞ。——“迅雷”の名、見せてやれ」




