第二十二話 【無明砦攻防戦・中編】
蒼月国北方。
広大な大地を吹き抜ける冷たい風は、無明砦の石壁に容赦なく叩きつけられていた。
この砦は、蒼月国の生命線を守る最後の要衝だ。
もしこの砦が落とされれば、北の前線部隊へ物資を送り届ける補給路は断たれ、兵たちは飢えと渇きに苦しむことになる。
それは、蒼月国の敗北を意味していた。
砦内には、三人の剛毅な守護者がいた。
鋭い蒼い瞳を持つ槍使い、ユナ。
軽やかに双剣を操る猫獣人、レンゲ。
そして、蒼月刀《真顕》を握る国王にして軍師、神楽ジン。
彼らはそれぞれに戦いの覚悟を胸に刻み、緊張の糸を張り詰めながら夜を越えていた。
――その頃、砦を囲むは帝国軍。
猛将レオナード・クレストは、これまでの連戦連勝の戦功に胸を膨らませていた。
大剣《獅王爆斬陣》は敵を薙ぎ倒し、幾つもの砦を破壊し、街や村を焼き払い続けてきた。
彼の隣には、戦斧を振るう豪腕ギルベルト・アッシュフォード。
二人は、その圧倒的な力と勝利の流れに陶酔し、敵の抵抗を嘲笑っていた。
焚き火の炎が揺らめく夜営の中、レオナードは勝ち誇ったように地図を叩く。
「……次は、この砦だな」
彼の声には余裕と自信が満ちていた。
「無明砦を落とせば、奴らはもう終わりだ。今度こそ止めを刺す」
ギルベルトは膝に立てかけた戦斧を握り直し、冷笑を漏らす。
「気力はとうに尽きている。獣人の女どもも、ここで片をつけてやる」
その時、幕舎の外で合図の笛が鳴り響いた。
暗闇から黒い外套を羽織った細身の影が静かに入ってくる。
「拙者、砦内の者にございます。今宵、金貨三千枚を賜れば、夜明け前に門を開けましょう」
その言葉に、ギルベルトの顔がいやらしく歪む。
「ほぅ……裏切り者か。面白ぇ」
レオナードも目を細め、微笑んだ。
「三千枚か……安いものだ。奴らを一気に片付けられるならな」
だが、同席していたセリーナ・エリュシオンは眉をひそめていた。
「そんなに軽々しく信用しては駄目よ」
彼女の声音には冷たい警戒が宿る。
「罠かもしれない。相手の本心など、見抜けない」
ギルベルトは鼻で笑った。
「お前はいつも怖がりすぎる。勝ち馬に乗ろうとする者は多い。こっちの勢いを見りゃ、奴らも震えてるさ」
レオナードは考える素振りを見せながらも、すぐに笑みを深めた。
「罠かどうかは、突撃してみりゃわかる。お前も兵を率いてこい、セリーナ」
セリーナは返答せず、冷ややかな視線を二人に向けるだけだった。
◆
夜は深まり、月が高く昇る。
無明砦の石壁は青白く月光を受けて、どこか不気味に輝いていた。
帝国軍の三将は、闇に紛れて兵たちを整え、最後の突撃に備えていた。
レオナードは大剣を抜き、気迫を籠めて空を斬る。
彼の内面には、勝利への渇望とともに、自分の力を疑わない誇りが満ちていた。
ギルベルトは戦斧を肩に担ぎ、獰猛な獣のように息を吐いた。
彼の眼差しには、敵を屠る興奮と、勝ち誇る気持ちが交錯している。
セリーナは槍の穂先に雷光をまとわせ、冷静に敵の動きを計算していた。
彼女の中には不信と警戒が渦巻き、常に最悪の状況を想定している。
彼らの背後では、兵士たちの鎧が擦れ合う音、息遣いが混じり合い、緊迫した空気が満ちていた。
やがて、砦の門前に小さく灯った松明の光。
「来たな」
レオナードは鋭く剣を振りかざし、決意を込めた声を上げる。
「夜明けまでには決着をつける」
ギルベルトは戦斧を構え直し、咆哮に似た息を吐く。
セリーナは槍を突き出し、冷たい視線を前方に注いだ。
鉄の軋む音が夜の静寂を切り裂き、砦の重厚な門がゆっくりと開き始める。
「突撃――ッ!」
三将は闇を裂くように駆け出した。
だが、門の向こうで彼らを待ち受けていたのは、静謐な闘志を帯びた三つの影。
蒼月刀《真顕》を握るジン。
双剣を抜き放つレンゲ。
長弓を背負いながら、氷槍を手にするユナ。
彼らの目は、冷たい月光の下に光り、深い覚悟と決意を宿していた。
「ようこそ、無明砦へ」
ジンの低く響く声が、凛とした空気を震わせる。
帝国三将は、その声に一瞬、迷いを見せた。
しかし、彼らの心に宿ったのは、勝利への執念だった。
「蒼月の抵抗……甘く見るな」
レオナードは歯を食いしばり、剣を構えた。
ギルベルトの目は紅く燃え、獰猛に敵を睨みつける。
セリーナは冷静に、その隙を探り、最初の一撃を狙った。
戦いの火蓋は切って落とされた。
無明砦を巡る熾烈な攻防戦は、ついに幕を開けたのだった。




