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第二十話 「ラミス平原の戦い・後編」

夕暮れが迫るラミス平原は、砕け散る土煙と血の匂いが充満していた。

草原を渡る風は戦の余韻を孕み、今なお命の火花を散らす衝突の音を遠くに運んでいる。


帝国が誇る二人の猛将――獅王レオナード・クレストと、戦斧の巨鬼ギルベルト・アッシュフォード。

その膂力と技が、蒼月の女将軍たちを追い詰めていた。


中央に立つのは氷槍の将、ユナ。

槍の穂先から放たれる凍てつく刃は氷河の裂け目のように鋭く、帝国兵を幾度となく薙ぎ倒してきた。だが今、その槍は二人の猛将の圧に押し潰されようとしていた。


ユナは深く息を吸い、冷静に相手の動きを待つ。

自分が乱れれば軍全体が崩れる――その責務を、彼女は誰よりも理解していた。


その刹那。

レオナードの大剣が振り下ろされた。


「獅王爆斬陣!」


大地を裂くような咆哮と共に、巨剣が落ちてくる。

ユナは咄嗟に腰をひねり、槍の穂先を滑らせて受け流す。

だが衝撃は凄絶で、足元の土が弾け飛び、彼女の脛を焼くように痺れが走った。


「……っ!」


押し殺した呻きが喉から漏れる。


間髪入れず、左方からギルベルトの戦斧が轟音と共に迫った。


「ユナッ!」


飛び込む影――天将七傑の一角、緋羽レンゲ。

双剣が閃き、斧と火花を散らす。


だが質量は圧倒的だった。両腕に響く衝撃にレンゲの顔が歪む。

骨が軋み、筋肉が裂ける感覚さえ走った。


「チッ……化け物みてぇな腕力だな!」


吐き捨てながらも彼女は退かない。双剣を交差させ、なおも前へ出る。

それが彼女の誇りだった。


ギルベルトは嗤う。

「おもしれぇ。女の細腕でここまで受けるか!」


戦斧を片手で回転させ、踏み込みを早める。その瞳は赤く爛れ、焦燥と渇望を滲ませていた。

「お前らの首を土産に、帝国の覇を奪い返してやる!」


彼の叫びにはただの武勲欲だけではない、帝国将としての焦りが潜んでいた。

蒼月が伸長を続ければ、自分たちの立場が脅かされる――それが彼を焦がしていた。


一方で、レオナードとユナは一進一退の攻防を続けていた。

「獅王爆斬陣」が振るわれるたびに空気が爆ぜ、衝撃波が周囲を薙ぐ。

ユナは冷気を槍に纏わせ、魔法陣を展開して応じる。


「氷刃陣――」


足元に氷の紋様が広がり、衝撃を緩和する盾と化した。

だが、その度に魔力は削られていく。


レオナードの瞳に怒気が宿る。

「貴様……帝国の内情を探っているな」


ユナは浅く笑む。

「報償に不満があるのでしょう? ならば、なおさら本気を見せて」


挑発。

武人としての誇りを逆撫ですれば、敵は力を逸らす――彼女の冷徹な策であった。


しかし。

「知った風な口を!」

レオナードの咆哮は純粋な怒りだった。


双剣と斧の激突の中、レンゲもまた心を焦がしていた。

(こいつ……速ぇ! 一撃受けたら、私の腕が吹き飛ぶ!)


額から汗が流れる。双剣が震え、腕に力が入らない。

だが退けば、ユナが孤立する。


「レンゲ、下がれ!」

ユナが叫ぶ。


その直後、ギルベルトの戦斧が地面を穿ち、爆風が二人の間を引き裂いた。

土煙が巻き上がり、視界が閉ざされる。


「はぁ、はぁ……!」

ユナは荒く息を吐き、冷気を纏う手を震わせた。

(……まずい。このままでは押し潰される)


レオナードは大剣を構え直し、ギルベルトと視線を交わす。

互いに息を荒げながらも、その瞳はなお鋭く燃えていた。


「追い詰めたな、ギル」

「当然だ……だが首は俺がもらう!」

「戯言を!」


二人の猛将が同時に踏み込む。

ユナとレンゲは即座に合図を交わした。


ユナは腰の袋から煙幕玉を取り出し、地面に叩きつける。

瞬時に灰白色の煙が渦巻き、戦場を覆った。


「退くぞ!」

ユナの声にレンゲが頷き、二人は後方へ駆けた。


背後では帝国軍の鬨の声が大地を揺らし、血に飢えた咆哮が追いすがる。


夕日が沈む空は赤黒く染まり、退却する蒼月軍の旗が風に翻る。


レオナードは煙の向こうを睨みつけ、唸った。

「惜しい……次は逃さん」


ギルベルトは戦斧を肩に担ぎ、鼻を鳴らす。

「逃げたか……だが追撃は終わらせねぇ」


ラミス平原は帝国の勝利で幕を閉じた。


――だが、この敗北は序章にすぎない。

蒼月軍は敗走の中で次なる策を練り、女将軍たちの誓いはさらに強く燃え上がろうとしていた。


煙幕の奥でユナは深く息を吐いた。

「レンゲ……ありがとう。危なかった」

レンゲは顔を歪めつつ笑みを浮かべる。

「互いに命を削ったな……だが次は、勝つ」


二人の瞳が交わる。

その背を照らすのは沈みゆく夕陽。

蒼月の旗はなお風にたなびき、敗北の中にあっても、未来への意思を確かに刻んでいた。

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