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第十五話 「炎の牙、迫る」〈後編〉

――関門の前。

夕陽は血のように地平を染め、岩壁と兵の影を長く引き延ばしていた。

沈みゆく光が、戦場の空気を赤く染め上げる。


「……来るぞ」


蒼月軍天将七傑の一人、鎧黒がいこく・ユズハンが重槍を握り直す。


その隣、淡銀の髪を風に揺らす少女――リョウカは、足元の空気を震わせた。

雷鳴にも似た低い唸りが、彼女の周囲に集まり始める。

稲光が走り、背後の兵たちが息を呑んだ。


前線へ押し寄せる砂塵の向こう、炎の鬣を逆立てた巨漢の影が見える。


やがて現れたのは――五剣将、ギルベルト・アッシュフォード。

二メートルを超える巨躯に、人を両断するために生まれたかのような戦斧。

刃には生きた炎が絡みつき、まるで猛獣の吐息のように揺らめいていた。


その背後には帝国兵が整列し、猛将の影に飲み込まれたような統制された動きを見せている。


「関門を守るのは貴様らか」

低く響く声が胸骨を震わせ、兵の心を揺らす。

だがユズハンとリョウカは一歩も退かない。


「喋る暇があれば来なさい」

リョウカの瞳が青白く光る。足元から雷の弧が迸った。


――地面が砕けた。

ギルベルトの踏み込みは雷鳴のように速く重い。戦斧が唸りを上げ、ユズハンの槍と激突。

火花と炎が弾け、熱が肌を焼く。

リョウカは跳躍――否、空を駆けた。

背に見えぬ羽を得たかのように舞い上がり、雷光をまとった蹴りを巨漢の頭上から叩き込む。

轟音とともに火花と稲妻が爆ぜたが、ギルベルトは戦斧の柄で衝撃を受け流す。


「ほう……空を舞うか」

巨躯の口元に笑みが浮かぶ。


ユズハンは重槍で地を穿ち、リョウカは空から稲妻を降らせる。

二人の攻撃は速度と圧力でギルベルトを包囲した。

だが彼は、巨斧の旋回で稲妻を弾き、地面を砕く衝撃波でユズハンを押し返す。

防御に徹しながらも、その動きにはまだ余裕があった。


「では……本気を見せてやろう」

低い声と同時に戦斧が赤く灼熱し、周囲の空気が爆ぜた。

振り下ろされた一撃はユズハンの槍を押し下げ、肩口を裂く。

続けざまに横薙ぎの衝撃波が走り、リョウカの翼のような雷光が掻き消される。


「……っ!」

空中で体勢を崩した彼女に、炎の奔流が迫る。

咄嗟に雷壁を展開して受け止めるも、その衝撃で地面に叩きつけられた。

足元の岩が砕け、焼け焦げる匂いが広がる。


ギルベルトは一歩、また一歩と関門へ迫る。

炎をまとう斧が再び振り上げられ――


「そこまでだ」

重く低い声が戦場を裂いた。

次の瞬間、赤金の炎が戦斧の軌道を弾き飛ばす。

黒い外套を翻し、長剣を構えた青年が立っていた。


「……フェルノート・ラグヴィール」

ユズハンが息を呑む。リュミエル連邦の戦士、その名は同盟軍に広く知られていた。


「援軍か。まとめて相手してやる」

ギルベルトは笑みを浮かべ、斧を肩に担ぎ直す。


――激突。

フェルノートの剣速は風のように鋭く、刃は鎧の隙間を狙う。

ギルベルトは質量と爆発力で押し返し、斧が地面を粉砕するたびに炎柱が立つ。

両者の炎がぶつかり合い、爆ぜるたびに熱風が兵を吹き飛ばした。


リョウカは雷をまとい再び空へ舞い上がる。

フェルノートの剣撃に合わせ、上空から稲妻の槍を降らせた。

閃光が戦場を貫き、ギルベルトの動きが一瞬鈍る――その隙をフェルノートが切り裂く。

だが巨漢は唸り声と共に地を踏み砕き、爆発的な炎で雷を押し返す。


「面白い女だ……だがまだ遠い!」

戦斧の一閃が雷壁を粉砕し、リョウカは再び地面に叩き落とされる。

フェルノートが斬り込み、ギルベルトが迎え撃つ。

剣と斧、炎と炎――その衝突は空気を裂く轟音と共に戦場を支配した。


最後の一撃はほぼ同時。

斧がフェルノートの肩を裂き、剣がギルベルトの胸甲を焼き裂く。

爆発の熱と衝撃が二人を吹き飛ばし、戦場に一瞬の静寂が訪れた。


立ち上がったギルベルトは背後の兵に退却を命じる。

「……今日のところは引く。次は首をもらうぞ」

その額には汗が滲んでいた。


フェルノートは剣を収め、息を整える。

「……危なかったな」

傍らでリョウカが雷光を散らしながら立ち上がる。

「まだ……やれる」

その瞳には悔しさと闘志が燃えていた。


帝国軍が去り、夕陽の下、関門には勝利の旗が掲げられる。

ユズハンが深く頭を下げた。

「助かった。あんたが来なければ……」

「礼はいい。次は無茶をするな」

フェルノートの声には安堵が混じっていた。


夜風が焦げた匂いを運び去る。

だが、これは嵐の前の静けさに過ぎなかった――。

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