第十話 《魔王と剣》――交錯する運命
――蒼月北東部、《封剣の地》。
朽ちた石碑が静かに並び、時間すら凍りついたような空間の最奥。
神楽ジンはひとり、無言で立っていた。
足元には一本の剣が突き立てられている。
蒼月刀――否、かつて世界を救い、しかし呪われた“英雄の剣”の欠片だ。
ジンは剣を見つめながら、胸に込み上げるものを抑えた。
「……これが、“真顕”の正体か」
背後からレンゲの声が冷たくも重く響く。
「お前の蒼月刀は、かつて“始まりの英雄”が振るった神剣《蒼刃》の分霊……。だがその力は、持ち主の“覚悟”によって応える」
「なら、試されるってことか……」
ジンは慎重に剣に手を伸ばす。
触れた瞬間、石室全体が震え、蒼い閃光が空間を切り裂いた。
意識が次元の狭間に引きずり込まれるように消え入り、彼は精神の遺跡――幻影の世界へと飛ばされた。
◆ ◆ ◆
そこは、光の粒子が無数に舞い踊る静謐な空間。
ジンの目の前に、白銀の鎧を纏った幻影の剣士が現れた。
「……お前が、“継ぐ者”か」
その声は冷たくもどこか慈悲深い響きを持ち、ジンの胸の奥に突き刺さった。
「俺はこの剣に、力を求めてきた。でも今はそれだけじゃない。俺は……守りたいんだ」
「守る?」
幻影の剣士は静かに問い返す。
「仲間も、国も、この世界すらも――」
ジンの声には、幾度となく倒れた苦悩と、折れなかった意志がにじんでいた。
「ならば、見せよ。お前の“意志”を――」
剣士は静かに蒼き剣を構え、音もなく斬りかかってくる。
ジンは破損しかけた蒼月刀を握り締め、身構えた。
火花が散り、精神の世界に嵐が吹き荒れる。
剣が意志を問う――お前は本当にこの力を持つに値するのか、と。
「俺は……弱かった」
ジンは自分の心の闇を直視した。
「あの時、デュランに……力の差を見せつけられた。悔しかった。だが……あいつが“超えるべき壁”なら……何度でも立ち上がってやる!」
剣士の攻撃を、ジンは真正面から受け止めた。
すると、壊れかけていた蒼月刀が眩い蒼銀の光を放ち始める。
《融合》――《継承》。
古の神剣の記憶と力が、ジンの魂に流れ込んでいく。
「これは……!」
【蒼月刀《真顕》】、再びその姿を現す。
刃は蒼銀に輝き、風を纏い、まるで意思を持つかのように微かに震えていた。
その刃が静かに問いかける。
「――お前は、この刃で何を斬る?」
ジンは迷わず答えた。
「未来以外に、何があるんだ」
精神世界が崩壊し、彼は現実の世界に戻る。
石室の薄暗い空間で、蒼銀に輝く新たな蒼月刀が彼の手に静かに収まっていた。
その瞳には、もはや揺るぎない決意と覚悟が宿っていた。
◆ ◆ ◆
一方――漆黒の魔気が漂う険しい峡谷の一角。
魔将デュランは岩に腰掛け、静かに目を閉じていた。
「――蒼穹覇断の余波で、体内の魔素が乱れているか……」
彼の身体には微細な亀裂が無数に走り、強大な力を振るった代償が確実に刻まれている。
「……だが、構わん」
デュランはゆっくりと立ち上がり、己の肉体の朽ちる様を受け入れるかのように呟いた。
「この“器”が朽ちようとも、我が戦の意志は揺らぐことはない」
その時、空間が歪み、魔族の影が一人現れた。
「魔将様、報告です。帝国が動き出す気配がございます。リュミエルもまた、それに対応しつつある様です。」
「フン……焦っているな」
デュランは軽く嘲るように呟き、再び瞳を閉じた。
「英雄が目覚めたことにより、各国が敏感に反応したようだな」
やがてゆっくりと大剣を手にすると、その巨大な剣を肩に担ぎ、重厚な呼吸を整えた。
「神楽ジン……お前がどれほどの力を得ようと、我が覇道を砕くことはできぬ」
その声には揺るぎない自信と、どこか冷徹な哀しみが滲んでいた。
地面に刻まれた魔紋陣から黒い瘴気が立ち昇り、空気が重く濁る。
「……次なる戦場は、“蒼月”」
魔将は一歩前に踏み出し、虚空へと冷笑を放った。
「ジン、貴様の“新たな力”がどれほどのものか……我に見せてみよ」
冷え切った笑みが、静寂の峡谷に鋭く響き渡った。




