第九話 《誓いの再燃》――英雄たちの目覚め
数日後――
蒼月国・北部軍の治療拠点。
薄い白布の帳が静かに揺れ、薬草の香りが微かに鼻をくすぐる。
重苦しい戦の傷を癒やす小屋の中、神楽ジンはゆっくりとまぶたを開けた。
「……ここは……」
頭の芯に鈍い痛みが響く。ゆっくりと体を動かそうとしたが、胸に重く鈍い痛みが走り、動きを躊躇う。
「無茶しすぎだ、ジン」
聞き慣れた冷静な声が耳に届き、ジンが顔を向けると、そこには緋羽・レンゲがいた。
蒼月国の天将七傑、筆頭の剣士。戦場での圧倒的な実力で知られる彼女は、鋭い眼差しの中にわずかな安堵と苛立ちを滲ませていた。
「レンゲ……無事だったんだな……」
ジンの声は弱々しくも、どこか安心感を含んでいた。
「カンロウとユナもな……命があったのが奇跡だ」
レンゲの声は厳しいが確かな事実を伝えていた。ジンはうっすらと微笑みを返し、疲れ切った身体を再び白布の上に沈める。
「そうか……良かった……」
だがその瞳の奥には、安堵だけではない複雑な感情が渦巻いていた。
あの戦場で浴びた「蒼穹覇断」の圧倒的な破壊力。自分たちの力の限界を思い知らされた痛み。
「俺は……あのままじゃダメなんだ」
ジンは震える手を見つめながら、胸の奥から湧き上がる決意を噛み締める。
「もっと強くならないと。あいつを、デュランを……止めるために」
レンゲは静かに彼を見つめ、その表情にわずかな揺らぎが走る。
「……なら、一つ提案がある」
彼女の声は静かだが、その言葉は重かった。
「蒼月の“封じられし剣”を、使ってみる気はあるか?」
ジンはその言葉に驚き、目を大きく見開いた。
「封じられし……?」
「蒼月に伝わる古代遺跡に眠る武具だ」
レンゲの口調には重みがある。
「その力はあまりに強大ゆえ、長らく封印されてきた。だからこそ、それを扱うには特別な覚悟と資格が必要だ」
ジンは自身の拳をじっと見つめる。まだ震え、血が滲むその手を、強く握りしめた。
「――いや、だからこそ力がいる」
「みんなを守るために」
レンゲは一瞬だけ柔らかな微笑みを浮かべたが、すぐに鋭い眼差しに戻す。
「……なら、覚悟を決めろ。明朝、私がお前を蒼月の遺跡へ案内する」
ジンの瞳に再び決意の灯が灯った。
◆ ◆ ◆
同じ頃、リュミエル連邦・王都リュクス・ヴェルトの作戦室。
月光が静かに差し込む部屋の中、六耀将の一人、ネイア・ミルエルが静かに立っていた。
彼女の手には、戦場から回収されたジンの蒼月刀の破片が握られている。
「神楽ジン……あなたは、なぜそこまで戦うの?」
その声には冷たさと同時に、どこか理解し難い情熱への興味が混ざっていた。
「それほどまでに、守りたいものがあるのか」
ネイアの瞳は冷徹だが、どこか試すような鋭い光を帯びていた。
「ならば私は、その“覚悟”を見極めるわ」
背後から軍師イレーネが静かに声をかける。
「ネイア、西方戦線の砦で新たな異界兵装の反応を確認した。神楽ジンが次の一手を打つ準備をしている」
「……ふふ、面白くなってきたわね」
ネイアの影鎌が淡く光を帯び、儀式のように指が踊る。
「私もそろそろ、この“死の舞踏”を披露しようかしら」
◆ ◆ ◆
一方、グランディア帝国の帝都アイン・ヴァルト。
五剣将の一人、セリーナ・エリュシオンが雷槍を手に皇帝アウルスの謁見に向かっていた。
「陛下、魔将デュランの動きが予想以上に速いです。蒼月もリュミエルも対抗策を急いでいます」
「ふふ……だが、我らにも切り札がある」
皇帝の薄紅の唇が、冷たく微笑んだ。
「神楽ジン、魔将デュラン、そしてエルフの六耀将……全てを凌駕する“力”で、帝国は新たな時代を切り拓くのだ」
その瞳は野望に燃え、静かに世界を支配する意思を示していた。
◆ ◆ ◆
そして――
蒼月の荒野に佇む古代遺跡の前。
薄闇に包まれた石造りの門は、苔むし、長い時の重みを纏っていた。
レンゲの案内で、その禁忌の地へと足を踏み入れるジン。
「……ここに、何がある?」
彼の問いに、レンゲは低く答えた。
「“蒼月刀”の真なる姿だ。お前にだけ許された継承の剣」
重々しい扉がジンの手の動きに反応し、軋む音を立ててゆっくりと開いていく。
「神楽ジン、お前はここで、自らの“覚悟”を試される」
遺跡の中に漂う静寂に、遠くから風が囁くように吹き抜けた。
外の世界では、帝国も連邦も動きを加速させている。
だが、この場所で、ジンは己の限界と向き合い、新たな刃の力を掴むのだ。
物語は、今まさに次の局面へと動き出す――




