第六話 暗黒の掌握者 ― 混沌に囚われた心
砂塵と焦土に染まる戦場の一角。砕け散った石が散乱し、煙が絶え間なく立ち上る。血の海は赤黒く地面を染め、遠くからは断続的に兵士たちの怒号と悲鳴が響いた。まさに死と絶望が渦巻く地獄のような光景だった。
その中に、二人の影があった。神楽ジンとユナだ。彼らの視線の先には、黒鉄の重厚な鎧を纏い、漆黒に輝く魔将デュランが静かに立っていた。彼の鋭い瞳は深淵の如く暗く、混乱に満ちた戦場こそ己の存在意義とでも言わんばかりに、妖しく光を放つ。
「やっと会えたな、神楽ジン。お前も、ユナか」
デュランの声は低く冷たく、それでいて戦場の喧騒の中でも異様に鮮明に響いた。まるでこの場だけが異質な静寂に包まれているようだった。
ジンは蒼月刀の柄を強く握りしめ、微塵の動揺も見せずに言い放つ。
「俺たちは、お前を止める。お前が望む混沌など、絶対に許さない」
その言葉には揺るがぬ決意が宿っていた。隣のユナはわずかに震えながらも、ジンへの想いを胸に秘め、必死に感情を抑えていた。瞳の奥には不安と期待が入り混じり、揺れている。
それを見透かしたかのように、デュランは冷ややかな笑みを浮かべてユナを見据えた。
「フフ……ユナ、お前のその揺らぐ心、実に興味深い」
「隠そうとしているのはお見通しだ。ジンはまだ気づいていないようだがな」
ユナは顔を背け、小さな震え声で答えた。
「そ、それは……関係ない」
ジンは何も言わず、ただ前を見据えていた。
「俺はお前を倒す。それだけだ」
楽しげに一歩前へ進むデュラン。
「単純な者も嫌いじゃないが、戦いは力だけじゃ決まらん」
「心の掌握、恐怖の植え付けこそ戦いの真髄だ」
「特にお前、ユナ」
ユナは必死に感情を押し殺し、ジンの背に隠れるように立つ。ジンは無意識にその動きを感じ取り、ふと横目で彼女を見たが言葉はなかった。
「お前がジンに抱く微かな想いを、俺が砕いてやろう」
デュランの言葉は刃のように鋭く、空気を切り裂いた。
「それが俺の楽しみの一つだからな」
戦場の空気は一層重く、暗くなった。ジンは刀の柄を強く握り直す。ユナは震える手でジンの腕を掴み、心の葛藤を必死に押し殺しながら気丈に振る舞った。
「ジン……」その声は震えていたが、それは彼への想いを隠すための虚勢だった。
ジンは気づかず、戦いの決意を固める。
「ああ、必ず」
冷笑を浮かべ、さらに一歩踏み出すデュラン。
「ならば、我が真の力を見せてやろう」
彼の体から黒い霧の魔力がほとばしり、戦場の空気が歪み始める。見えぬ闇が広がり、ジンの心に不気味な冷気が忍び寄った。
デュランは冷酷な笑みを浮かべ、静かに口を開く。
「混沌の中にこそ我は咲く。理想と希望を胸に抱くお前たちが絶望に沈む様を愉しむためにな」
ジンは牙を食いしばり、蒼月刀を構え直す。ユナも震えながら決意を固めていた。
「俺たちは、お前の絶望に飲まれはしない。必ず立ち上がる」
ユナはそっと呟いた。
「ジン……わたし、負けない。あなたと一緒に、絶対に……」
ジンは答えず、ただ前だけを見据えていた。
――混沌の中で芽吹く想い。暗黒の魔将は、それを砕こうと静かに微笑んでいた。




