第五話 血煙の毒霧と焔の軍配──幻影剣士たちの激闘
ロア=デルの破壊された街並み。
そこはまるで生き地獄のように、毒霧が薄く、しかし重く漂い、空気は張り詰めていた。
地面には踏み荒らされた跡が深く刻まれ、そこかしこに落ちた盾や武器が戦いの激しさを物語る。
花霞・シュイエンは、静かなる嵐の如くその場に佇んでいた。
鋭く冷ややかな瞳で前方をじっと見据える。
彼女の足元にちらつく幻影が、見る者の視界を幾重にも乱す。
それはまるで波紋のように揺らめき、相手の視線と動きを惑わし、攻撃の軌道を狂わせる。
さらに戦場を覆うのは、シュイエン自らが散布した毒の霧。
その瘴気は敵の呼吸を浅く乱し、肉体の疲労をじわりと増幅させていく。
この毒霧の中に踏み込むことは、まさに死を覚悟することに等しい。
「ミナギ、左側を警戒して」シュイエンの声は冷静かつ厳しく響く。
月影・ミナギはその声に応えるように、無言でうなずいた。
彼女の動きはまるで夜の闇に溶け込む影のように静かで滑らかだった。
「何か来る_____」ミナギは何かを感じているようだ。
二人の前に、黒鉄の大剣を振るう男が悠然と姿を現した。
レオナード・クレスト。彼の周囲には獅王爆斬陣が煌めき、その剣圧はまるで猛獅子が吠えるかのように凄まじいものだった。
「ここまでだ、我は五剣将が一人レオナード」
レオナードの声は冷徹な刃のように戦場に突き刺さり、敵の心を切り裂いた。
背後にはラウル・フェルナンドが控えていた。
軍配を巧みに振り、細剣を華麗に操る彼の動きはまさに舞踊のごとく優雅で的確。
五剣将に選ばれるのも頷ける、戦況を的確に読み取り味方を支える軍師兼戦士である。
ラウルが軍配をひと振りすると、レオナードの周囲に炎の紋章が舞い上がった。
それは焔導の魔力が集中し、獅王爆斬陣の威力を爆発的に増幅させる能力だった。
「シュイエンの幻術と毒霧は厄介だが、冷静に対処すれば必ず勝てる」
ラウルの声には揺るぎない自信と冷静さが宿り、戦士たちの鼓舞となった。
シュイエンは即座に動いた。
毒霧の中から身を翻し、小型のレイピアを一閃させる。
彼女の幻術は層を成し、刹那にしてレオナードの目を欺こうとする。
しかし、ラウルは軍配を再び振り、風の魔力で霧と幻術の動きを押し返した。
それはまるで濁流に逆らう堤防のように、揺るぎなく強固だった。
「甘くないな……」シュイエンは歯噛みしながら、次の一手を練った。
ミナギは影のごとく動き出す。
敵の隙を突こうと、全神経を集中させていた。
しかしレオナードの剣圧は重く、彼女の動きを巧みに封じ込めていた。
その間、ラウルも細剣でミナギを牽制し続ける。
彼の剣先はまるで蜘蛛の糸のように絡みつき、ミナギの攻撃を封じていた。
戦場は刃が激しくぶつかり合う火花で煌めき、空気が震えるような剣圧が充満する。
激烈な斬り合いの度に大地が振動し、まるで雷鳴が轟くかのような轟音が辺りを満たしていた。
シュイエンはさらに幻術を強め、幻影の数を増やす。
その幻影はまるで実体のように動き回り、レオナードの動きを狂わせる。
同時に毒霧は密度を増し、レオナードの足元を包み込む。
その瘴気はじわりじわりと彼の動きを鈍らせていく。
「これでどうだ……!」シュイエンは凛とした声で叫び、レイピアを大きく振りかざした。
レオナードは大剣を一閃。
だがその動きは通常よりわずかに遅れている。
毒の効果が確実に彼を蝕んでいた。
「よし、今だ!」
彼女はすかさずレイピアを振るい、レオナードの隙を正確に突く。
レイピアは切れ味鋭く、レオナードの装甲の継ぎ目を狙い、一瞬の隙を生み出す。
シュイエンとミナギはその攻撃に合わせ、全力で連携を仕掛けた。
だが、レオナードは簡単には倒れない。
彼の剣圧は増し、獅王爆斬陣は燃え盛る獅子のように荒れ狂った。
その威圧感は圧倒的で、シュイエンとミナギは徐々に追い詰められていく。
彼女たちの動きに疲労の色が見え隠れし、攻撃の精度がわずかに落ちていった。
レオナードは力強く振り下ろした大剣で、シュイエンの幻術を粉砕。
同時にシュイエンの背後からラウルが巧みに細剣を差し込む。
二人は軽傷を負いながらも、最後の力を振り絞り、幻術と暗殺術で反撃する。
それはまるで逃げ場のない檻の中で爪を研ぐ獣の如く、必死の抵抗だった。
「撤退する!」シュイエンが低く叫び、二人は背を向ける。
レオナードとラウルはそれを見逃がし、無傷のまま静かに追撃を控えた。
戦いの余韻が辺りを包む。
レオナードは大剣を地に突き立て、冷徹な目で遠くを見据える。
ラウルは軍配をゆっくりと下ろし、戦況を再確認していた。
「まだ本気じゃなかったな、奴らも」ラウルが静かに呟く。
「次はもっと手強くなるだろう」レオナードが答えた。
戦いはまだ、終わらない。




