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第三話:蒼月組、誕生

村を襲った帝国軍を退けて数日。

かすかに立ちこめていた絶望の霧は、静かに晴れつつあった。


焼かれた畑に緑が戻り、怯えていた子どもたちが笑うようになった。

だがその一方で――村を取り巻く空気は変わっていた。


「次はもっと大きな軍勢が来る。奴らが報復に来るのは時間の問題だ」


村の広場で、ジンは地面に描いた地図を囲んで言った。

それは彼が過去の戦史書から得た知識をもとに、現地の地形を再構成したものだった。


「いまこのまま皆でここに立て籠もれば、今度は本当に“全滅”する。だからこそ、こちらから動くべきだ」


「逃げる……ってことか?」


「違う。『備える』ってことだよ」



その日の夕刻。

ジンはユナと共に村の集会所へと足を運んだ。


「話がある。これからの戦い方についてだ」


集まったのは、前回の戦いで共に戦った者たちと、新たに志願した村人たち。

その中には、負傷者に付き添っていた若い獣人の少女も、農具を武器に変えようとする老兵もいた。


「帝国に立ち向かうには、寄せ集めでは勝てない。だから、俺たちは“部隊”になる必要がある」


その言葉に、場の空気がざわめいた。


「部隊……?」


「そう。明確な指揮系統と役割分担、情報伝達、補給線、そして何より“意志”の統一だ」


「意志……」


リョウカが、いたずらっぽく笑う。


「意志なんて、そんな堅苦しいもんじゃないわよ。あたしたち、もう“やるしかない”でしょ?」


「ふん、言葉はいらん」


ガロウがどっしりと腕を組みながら言う。


「お前が指揮するなら、俺は従う。それだけだ」


レンゲも、小さく頷いた。


「私も……あの人に、ついていくって決めたから」


彼らの視線を正面から受け止め、ジンは静かに頷いた。


「……ありがとう。だったら、ここに誓おう。俺たちは、ただの寄せ集めじゃない。“未来を勝ち取るための軍”になる」


ユナがその場に立ち、宣言した。


「この部隊は、すべての亜人に開かれた場所とする。人の枠も、血の違いも、力の有無も問わない。ただ――志ある者のみがここに立て」


その言葉に、誰かがぽつりとつぶやいた。


「じゃあ、名前は?」


「名前?」


「その……俺たちが何者なのか、示すものだよ。旗印ってやつ」


ジンはしばし沈黙し、空を見上げた。


その空には、真円の月が白く輝いていた。

戦火に染まらぬその光だけが、静かに地を照らしている。


「――“蒼月”。そう呼ばれる月が、俺の世界にはある」


「蒼月……?」


「戦乱に沈んだ夜空を、ただ静かに照らし続けた月。誰もがそれを見上げて、帰る場所を思い出した」


そして、ゆっくりと告げる。


「俺たちの名前は――蒼月組そうげつぐみ

光なき戦場で、誰かを導く月となる」


しんとした沈黙の中で、レンゲが小さく口にした。


「……綺麗な名前」


ユナが目を細める。


「それでいい。静かに、しかし決して揺るがぬ意志。まさしく、蒼き月だ」


リョウカが嬉々として叫ぶ。


「いいじゃない! 蒼月組! うん、なんかちょっとかっこいいかも!」



こうして、異世界グランディア大陸の片隅に、ひとつの“名もなき軍”が誕生した。


後に「戦乱の変革者」「獣王の牙」「叛逆の光」と呼ばれるその存在――

その始まりは、小さな村の片隅、焚き火の灯りの下だった。


ジンはまだ知らない。

この蒼月組が、やがて三国の均衡を揺るがし、伝説となることを。


夜が明ける頃、焚き火の光もやや落ち着き、森に静けさが戻っていた。


ジンは薪をくべながら、ユナの話の続きを促した。


「——つまり、蒼月組は元々、ユナさんが独自に作った“非公式の亜人救援組織”だったんだな」


「そう。族長会議からは除名され、名簿からも外された。ただ……私にとっては、家族のような仲間を守るための場所だった」


ユナの声は穏やかだったが、その瞳には燃えるような決意が宿っていた。


「力なき者を見捨てるのは、戦士ではない。たとえそれが、誰に否定されようとね」


「……強いな、ユナさんは」


ジンは率直にそう言った。


彼女のような人間が、差別と迫害の中でも諦めずに立ち上がっていたからこそ、この世界には希望がある——そう思えた。


「でも、俺はまだ何もできてない。命を救ってもらって、ここに来て、話を聞いて……それだけだ」


そう言ったジンに、ユナは静かに首を振った。


「……あなたは、来た。それだけで、変わる」


「え?」


「……私は、ずっと孤独だった。反逆者としても、族長としても。……でも、あなたが来てから、何かが変わり始めてる」


彼女は焚き火を見つめながら、続けた。


「あなたの視線には、諦めがなかった。あの日、あなたが村を守るために剣を取ったとき、私は確信したの」


「あなたなら、この時代を変えられるかもしれない。いや——変えてほしい」


ジンの胸の奥に、何かが静かに火を灯した。


彼女の言葉は、重かった。


だが同時に、それは信頼という名の光だった。


「……そんなに言われると、後には引けないな」


ジンは立ち上がると、剣を腰に収めた。


「だったら——俺も、この“蒼月組”の一員として、共に戦わせてほしい」


焚き火の明かりが、彼の決意を照らしていた。


ユナは微笑むと、静かに右拳を突き出す。


「——歓迎する、ジン=カグラ。ようこそ、“蒼月組”へ」


ジンも拳を合わせた。


その音が、夜明けの森に、確かに響いた。


こうして、蒼月組は真の意味で新たなスタートを切ったのだった。


そして——この出会いが、やがて七つの星と一柱の将を呼び、歴史を塗り替える戦記の始まりとなる。

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