第三話 雷牙轟砕 ― 銀牙・シン vs ヴァン・ドルグ
門東側――無数の血煙と砕けた瓦礫が渦巻き、まるで地獄絵図のような混戦の只中。
地面は蹂躙され、破れた旗が風に翻り、遠くには戦の咆哮が絶え間なく響いていた。
その渦中で、漆黒の短髪に琥珀色の瞳を光らせる青年、銀牙・シンは静かに呼吸を整え、敵の動きを見据えていた。
鍛え上げられた肉体は戦闘狂の熱気を放ち、彼の心臓は激しい鼓動を刻んでいる。
対峙するのは巨漢、ヴァン・ドルグ。
両手に炎をまとわせた戦斧を握りしめ、身長二メートルを超える巨躯が、戦場に凄まじい存在感を放つ。
彼の瞳にも狂戦士の火焔が燃えていた。
「おいおい、帝国の“狂犬”か。噂通りの狂戦士だな」
ヴァンは舌を鳴らし、荒々しい笑みを浮かべて挑発する。
「どれだけ俺を狂わせられるか、見せてもらおうか」
シンは拳を握り締め、鋭く答える。
「お前の狂気は、俺の相手にはならん」
だが内心では、胸が高鳴り、興奮の熱が全身を駆け巡っていた。
ヴァンは斧を大きく振りかぶる。
轟音が鳴り響き、炎を纏った斧が地面を深く抉り、直線的な衝撃波が猛威を振るう。
シンは滑るように後方へと飛び退き、石畳を蹴って着地。
寸分の狂いもない動きに、ヴァンの眉がわずかにぴくりと動く。
(冷静さを失うな……)
シンは自分に言い聞かせる。
この戦いで重要なのは、狂気に飲まれず、相手の動きを読み切ることだ。
ヴァンの猛攻は、嵐のように激しく襲いかかる。
斧の一撃一撃が炎の軌跡を描き、周囲の空気を焼き焦がす。
「動きが早すぎる……ならば――」
ヴァンの目が鋭く光り、火力を一段と上げる。
猛スピードで斧を振り回しながら、熱波を吹き付け、シンの視界を奪おうと試みる。
しかし、シンは全身でその熱波を受け止め、皮膚に焼けた痛みを感じながらも、意識は敵の動きに集中していた。
(焦りは禁物だ……奴の炎に飲まれれば終わりだ)
彼は呼吸を整え、右手の鋼鉄の篭手に魔力を注ぎ込む。
篭手の鉄が振動し始め、稲妻のような電光が走る。
彼の全身を雷の鎧が包み、髪の毛にまで稲妻が走った。
一方ヴァンも、シンの変化に気づき、攻撃のリズムを微妙に変化させる。
「溜めていたな……!」
鋭い声が上がる。
両者の視線が絡み合い、心理戦の幕が開く。
ヴァンは怒りと焦燥の中にも計算された冷静さを見せ、シンはその焦りを誘い出そうと精神を研ぎ澄ます。
「お前が本物なら、ここで止めてみせろ!」
ヴァンの声に、狂気が震える。
だがシンは一瞬も動揺せず、逆に冷笑を浮かべた。
「焦るなよ、ヴァン。俺はまだ本気じゃない」
その言葉に、ヴァンの身体が一瞬硬直するのをシンは見逃さなかった。
(いまが狙い目だ)
シンは拳を地面に深く突き立て、足元に雷の紋様を描く。
篭手に込めた魔力を一気に解放し、雷の鎧を全身に展開した。
ヴァンは怒りの咆哮とともに突進。
両手の戦斧を全力で振り下ろす。
「──雷牙轟砕!!」
シンの叫びとともに、篭手から放たれた雷撃が一気に爆発。
その一撃はヴァンの斧を弾き飛ばし、鎧ごと胴体を深く抉り取った。
「ぐあああっ!」
ヴァンは膝をつき、爪を地面に突き刺すが、目の奥にはまだ狂気の炎が燃えている。
彼の瞳には讃美と怒りが混ざっていた。
「次は俺も溜めて、てめぇを粉砕してやる」
シンは荒い息を整えながら答えた。
「次があるなら、必ず受けて立つ」
二人の戦闘狂は、互いの精神の深奥に燃え上がる衝動を理解し合っていた。
戦いの真髄は、勝敗ではなく、己の限界を超え、火花を散らすことにある。
勝利を求めながらも、どこかで互いを求め合うかのような、熱い視線が交錯する。
遠くで再び響く戦の咆哮が、二人を戦場の中心へと引き戻す。
激闘はまだ終わらない。




