第二話 氷槍と光の剣―再会の戦場
翼の巨神《バル=グラド》が都市上空を覆い、夜をさらに濃く染めていた。
その巨大な影が地上に落ちた瞬間、冷たく重い風が走り、石畳が悲鳴をあげるようにひび割れた。
刻一刻と変わる戦場の喧騒。その北門前、吹き抜ける暴風の中に二つの影が対峙していた。
蒼銀の髪をなびかせる女剣士――ユナ・グレイス。
彼女の瞳は冷たく鋭く、闘志を宿していた。
対するは、――リュミエル連邦《六耀将》の一人、ルミナ・セリス。
通常は光杖を操り、魔法陣から繰り出す多彩な光の術を駆使するが、この日は珍しく、伝説の武具「光の剣」を携えていた。
「……久しいですね、師匠」
ユナの声は氷のように静かで、どこか懐かしさを湛えていた。
セリスの瞳に一瞬、躊躇の色がよぎった。だがすぐに炎のような覚悟に変わり、鋭く彼女を見据えた。
「ユナ……」
「戦場で旧交を温める余裕はない。――来なさい!」
その一言で、紅蓮の炎が瞬く間にセリスの周囲を包み込む。
槍のように細長い光の剣を振り抜くと、その軌跡には燃え盛る紅蓮の魔法陣が浮かび上がり、灼熱の炎柱が地面を裂いて突き進んだ。
ユナは冷静に後方へ跳躍しながら、左手で蒼白の魔法陣を空中に描いた。
「氷華障壁」
瞬時に氷の花弁が咲き乱れ、炎の奔流を受け止める。
熱波が蒸気となって戦場を覆い、視界は白く塗り潰された。
霧の中、セリスは槍の如く光の剣を突き出し、炎の鱗を纏う魔法陣がその刃にくるくると回転する。
一撃ごとに空気が爆ぜ、火花と氷塊が飛び散った。
「まだその速度か……ならば温度差で押し切る!」
セリスが地面に剣を突き立てると、そこから紅蓮の魔法陣が拡がり、足元から溶岩のような熱波が噴き上がった。
石畳が砕け、戦場の地形が刻々と変わっていく。
ユナは跳躍しながら空中で両手を合わせ、巨大な氷紋陣を頭上に展開。
降り注ぐ雪片が熱を奪い尽くし、空気を凍らせていく。
「氷雨連舞!」
雪は針となり、槍を伝ってセリスの動きを鈍らせる。だが、炎の魔法陣を解き放ち、燃え盛る鱗が氷をはじき飛ばした。
「……さすが、私の弟子だな」
炎の鳥、紅凰の幻影を背に背負いながら、セリスが言った。
「だが……!」
燃え盛る炎の鳳凰が突進し、ユナに迫る。
ユナは静かに息を吸い込み、足元に複雑な氷結魔法陣を広げた。
「……師匠、これを受け止められますか?」
氷柱が次々と立ち上がり、連鎖して環状の氷壁を形成する。
紅凰衝破が氷壁に激突し、爆音と閃光、そして霜煙が戦場を覆った。
視界が晴れた時、二人は互いに肩口をかすめ合いながら離れていた。
ユナの肩からは血が一筋流れ、セリスの外套の袖は凍りついて砕けていた。
「……やはり成長したな、ユナ」
「師匠こそ、衰えてはいないようで」
遠くから連邦軍の撤退の角笛が鳴り響く。
セリスは深く息を吐き、静かに言った。
「……ここは引く」
そう言い残し、部隊をまとめて後退していった。
ユナは氷の花弁が舞う戦場に、一人立ち尽くしていた。
その瞳には、再び交わる運命を予感させる静かな炎が宿っていた。
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※※※
数年前。
リュミエル連邦の訓練場。まだあどけなさの残る少女が氷槍を手に、一心不乱に魔法陣を描いていた。
隣に立つのは、同じく少女の姿をしたセリス。長い銀髪が太陽の光を受けて輝き、表情は厳しくも優しい。
「ユナ、魔法陣の円周率は正確か?」
「はい、師匠。今度こそ完璧にしました」
セリスは杖を置き、静かに頷いた。
「だが、魔法は技術だけではない。心の揺らぎや不安は必ず術式に影響する。己の信念を見失ってはならない」
ユナはうつむき、拳を握り締めた。
「……私にはまだ足りないものがあるようです」
「それは当然だ。だがだからこそ、私は光の剣を使いこなし、技と魔法の融合を目指す。ユナ、お前にもいつかその道を示そう」
その言葉に、ユナの瞳が強く輝いた。
――なぜセリスが光の剣を用いるのか。
それは、連邦の伝説に伝わる「六耀将」の称号を得た者にのみ許される特別な武具だった。
セリスはかつて光杖を主武器としていたが、より攻撃的かつ防御的な力を求めて、長きにわたり光の剣の扱いを極めていた。
そのため、師としてユナに光と氷の調和を学ばせたかったのだ。
今の戦場で光杖では届かない距離や速度に対応するため、敢えてこの武器を選んだ。
そして、かつては共に戦い、共に流した汗と涙が、二人の戦いに複雑な感情を織り交ぜていた。
「ユナ、忘れるな。たとえ敵味方に分かれても、私たちの間にあった絆は消えはしない」
セリスの声は低く、遠く響いた。
ユナは小さく頷き、蒼月刀を握りしめた。
「師匠、次に会う時は勝ちます」
その約束は、やがて訪れる激動の未来の始まりを告げていた。




