第十一話 開戦の烽火(のろし)――リュミエル=帝国境界衝突戦
カイラン峡谷の奪還から、二日後。
蒼月軍の勝利報告は、リュミエル連邦全土に伝わり、同時に、帝国との全面戦争が避けられぬ情勢であることを知らしめた。
そして今――帝国との国境にある《ヴァリ=エントの丘》にて、戦端が開かれようとしていた。
「全軍、戦闘配置……連邦軍旗艦部隊、陣形展開完了です!」
号令を飛ばすのは、リュミエル連邦の将軍《紅蓮の女将》カトレア・グリモワール。深紅の軍装に身を包み、背にマントを翻す彼女は、冷静に戦況を見つめていた。
「敵は、帝国西部第二軍。指揮官は……“狂犬”ヴァン=ドルグ」
報告を聞いたカトレアの目が鋭く細まる。
「なるほど、開幕から“殺る気”満々というわけね」
一方、対峙する帝国軍陣では、重厚な戦列の前に、狂気じみた笑みを浮かべた男がいた。
「ククク……面白ぇ、実に面白ぇぞォ! ようやく骨のある相手が出てきやがったッ!」
ヴァン=ドルグ。帝国の戦争狂と称される男であり、その戦いぶりは凄惨を極める。両腕に仕込まれた魔鋼の鉤爪《断罪爪牙》を振るい、無数の戦場で血を浴びてきた猛将だ。
「突撃ィィ!! 踏み潰せェェ!! リュミエルのクソどもに、戦争ってやつを教えてやれェェ!!」
帝国軍が咆哮とともに動き出す。重装歩兵部隊と魔導兵、さらには地竜騎兵隊までもが丘を駆け上がる。
「来たわね……全隊、迎撃体勢に入れ! 魔導砲列、発射許可ッ!!」
カトレアの号令とともに、丘陵地帯に隠されていた《雷晶魔導砲》が火を吹く。
轟音と共に、青白い稲妻の弾丸が地竜騎兵を貫き、戦場を揺るがす。爆風に吹き飛ばされる騎兵たち、土煙が一気に上がる。
「だが、まだ終わらん……!」
帝国の陣から、漆黒の巨影が現れる。
「《魔鎧機兵》!? あんな化け物まで……!」
全高五メルを超える魔導兵器。その中枢には、人間の神経と連動した魔導核が搭載されており、まるで生き物のように動く殺戮兵器だった。
「ハハハッ! こいつで前線をぶち破るッ! 連邦の盾も砕け散るぜッ!」
ヴァン=ドルグの狂笑が戦場に響く。
だが――その時、リュミエル軍後方から一陣の風が駆け抜けた。
「風よ、刃となれ――《風閃葬》」
一瞬の斬閃。魔鎧機兵の首部が斜めに崩れ、爆音と共に大地へと沈んだ。
現れたのは、リュミエル連邦が誇る諜報・暗殺部隊《風牙》の隊長、ユーグ・エスリオン。全身を灰銀の風衣に包み、静かに佇むその姿に、敵兵たちが戦慄する。
「っち、あの風使いか……!」
ヴァン=ドルグが舌打ちする。彼にとって、数少ない“警戒対象”の一人だった。
「お前らも行け、リュミエルの牙ども……この戦場に、勝利の風を吹かせろ!!」
ユーグの号令とともに、《風牙》の戦士たちが戦線を駆け抜け、帝国軍の魔導兵たちを翻弄する。
魔導と技術、重装と速度――両軍の力が真っ向から激突し、丘は瞬く間に戦場の地獄と化した。
「ここを突破されれば、連邦の西壁が崩壊する……絶対に、退けぬ!」
カトレアは魔導剣を手に、ついに自ら前線に立つ。
「この命――連邦のために燃やす時だッ!!」
カトレアの剣から紅蓮の炎が立ち上る。《紅蓮剣舞・烈火斬》――彼女の代名詞ともいえる奥義が、帝国軍を炎の海に包み込んだ。
ヴァン=ドルグは炎に包まれながらも、なお嗤う。
「ハッ、燃えろ燃えろ……! これが戦争だァァ!!」
――戦場は、さらに熾烈さを増す。
そして、それは全ての予兆にすぎなかった。
戦火はやがて、蒼月・リュミエル・帝国三国の全面衝突を導いてゆく。
その炎の中で、神楽ジンたちの戦いは、ますます苛烈な運命を紡ぎはじめる――。