第十話 蒼月の刃、疾る――カイラン峡谷急襲戦
三日後、夜明け前。
濃霧に包まれたカイラン峡谷に、蒼月軍の影が忍び寄っていた。
カイラン峡谷は、蒼月国の重要な前線拠点であり、ここ占領されてしまうと一気に蒼月国へ進軍されてしまう恐れがある。
「どうあっても、取り返さねば」
「……時間通りに全軍配置完了。奇襲の条件は整いました」
軍師セイリオンが報告を終えると、神楽陣は力強く頷いた。
「よし――全軍、突撃準備!」
その瞬間、静寂を切り裂くように、咆哮が響く。
「いくぞォオオオ!! 帝国の糞ども、喉笛かっ切ってやるぜェェ!!」
先陣を切ったのは銀牙シン。鋼鉄の篭手を武器とし、目には狂気にも似た戦意が宿っていた。
「ちょっと待てシン! 突撃は合図を……!」
雷迅リョウカの制止も聞かず、シンは濃霧の中へ飛び込む。
続いて、蒼月軍の本隊も突撃を開始。空気が震える咆哮とともに、戦いの幕が開けた。
砦は、堅牢な岩山の中腹に築かれた要塞であり、正面からの攻略は不可能とされていた。だが、そこに立ちはだかるのは五剣将の一人、《黒鉄防壁陣》ヴァルド・ディーゼル。
「ふん……夜襲とは、愚か。蒼月ごときが、この防壁を崩せると思ったか」
全身を黒鉄の重装で覆ったヴァルドは、静かに構える。
その周囲には、巨大な盾を構えた近衛兵団《黒鉄槍壁隊》が布陣し、雨のような矢を次々と撃ち返していた。
「だったら、正面からぶち破るまでだ……!」
神楽ジンが蒼月刀を手に、前線に現れる。目には確かな光。あの日、仲間を失い、自らの非力を痛感した彼は――もう、迷わない。
「ジン様、正面突破など無茶です!」
「無茶じゃない、“覚悟”だ!」
ジンが一歩踏み出す。
風が巻き、雷のような轟音とともに、蒼月刀が蒼く輝いた。
「――《蒼月一閃》!!」
一瞬。蒼い閃光が砦の鉄門をなぎ払い、周囲の敵兵を吹き飛ばす。
「な、なんだこの威力は……!? 一振りで門が!?」
ヴァルドの眉がわずかに動いた。ジンの剣はすでに、彼の想定を超えていた。
「遅ぇぞジン!! こっちはとっくに暴れてんだ!!」
砦内部に突入した銀牙シンが、血まみれの笑顔で振り向く。
その背後には、黒鉄槍壁隊の兵たちが、次々と地に伏していた。
「貴様らごときに、この要衝は渡さん!!」
ヴァルドが、立ちはだかる。
黒鉄の鎧に守られた肉体、鋼のごとき技と戦術――その一撃一撃は、まさに“防壁”そのものだった。
「おもしれぇ……だったら、ぶち壊すまでだッ!!」
シンが大斧を振るい、ジンが蒼月刀を構える。
二人の“牙”が、ついにヴァルドへと迫る。
「《双牙連刃・乱月》!!」
「《蒼月一閃》!!」
二人の技が交差する。斬撃と衝撃が砦の中央を揺らし、ヴァルドの防壁を切り裂いた。
「……見事だ。貴様ら、名を名乗れ……」
「銀牙シンだ。覚えとけや!」
「神楽ジン。蒼月の刃だ」
ヴァルドは満足そうに微笑むと、膝をつき、崩れ落ちた。
砦の奥、指揮所の旗が、ゆっくりと地に落ちる。
「砦、制圧完了!!」
勝利の報が、蒼月軍に響き渡る。
濃霧が晴れ、朝日が谷を照らした。
神楽陣は、砦の門の前で深く息をつく。
「……これで、奴らの喉笛を断った。カイラン峡谷奪還の目的を達成できたな」
ユナが隣に立ち、小さく呟く。
「この調子で、突き進むだけよ……あんたの“覚悟”を、見せてちょうだい」
ジンは空を見上げる。
仲間の想いを背負い、蒼月の未来を切り拓くために。
「我々の勝利だ!」
彼の言葉に、兵たちの士気が再び燃え上がる。
そして、蒼月軍は前進する――奪われた誇りを、取り戻すために。