表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/83

第二話:迫害の村

それは、乾いた血の匂いだった。


風に乗って漂ってきたそれを、ユナが真っ先に察知する。


「……焼かれている」


彼女の耳がピクリと揺れる。目を細め、陣に一瞥をくれる。


「近くに集落がある。急ごう」


陣は頷き、彼女の後に続いた。まだこの世界の地理も事情も知らない。だが、ユナの直感に迷いはないと分かっていた。



草を踏み分け、低木の合間を抜けた先に、それはあった。


亜人の集落。だが、静寂は異常なほどに重く、焚き火も、子どもの声も、何もない。


家々の扉は閉ざされ、かすかに燻る黒煙だけが“暴力”の残滓を物語っていた。


「ここは……?」


「このあたりでは比較的大きな村のはずだ。交易にも携わり、農も狩りもできる。……帝国に目をつけられる理由は十分にある」


ユナの声音には怒りが滲む。

その時、奥から老いた獣人――犬獣族の長老が姿を現した。背を曲げ、片脚を引きずっている。


「そなたら……外からの者か。ならば、早く去れ。ここに“希望”などない」


「何があった?」


ユナが問うと、男は疲れた目を細め、しばらく沈黙ののち、口を開いた。


「帝国の徴収部隊が来たのだ。人も、食糧も、女も……すべて奪っていった。抵抗すれば皆殺し。それが“現実”じゃ」


「戦おうとは思わなかったのか?」


陣の問いに、老人は首を振る。


「戦った者は……もう、この世にはおらん。わしも、息子も、孫も……」


乾いた土にしみるように、言葉が落ちる。

ジンは拳を握りしめた。



夜――


村の広場に集まった少数の住民と共に、ジンとユナは状況を整理していた。


兵の規模はおそらく三十。だが精鋭ではない。徴収部隊にありがちな“脅し”が主な任務と見られる。


「やろうと思えば、奪われたものを取り返せる」


ジンの声に、村人たちはどこか諦めた顔を見せた。


「無理だ……武器もない、腕もない……第一、勝って何になる? また帝国が報復に来るだけだ」


「そうかもしれない。けど――」


ジンは立ち上がり、皆を見回した。


「奪われたままでいいのか? 誰かが、立ち上がらなきゃ、いつまで経っても何も変わらない」


「……お前に何が分かる」


一人の若者が吐き捨てるように言う。


「お前は“よそ者”だ。ここで生まれ育ったわけでもねぇ。痛みも、怒りも知らねぇだろ」


ジンは黙って、その視線を真正面から受け止めた。


「分からないかもしれない。……でも、それでも一緒に怒ることはできる。戦おうと思うことはできる」


沈黙が流れた。


その時、一人の少女が手を挙げた。猫獣人の細身の剣士、レンゲだった。


「……私、戦う。兄も、母さんも連れていかれた。私は、見てるだけなんてもう嫌だ」


その声に、また一人、また一人と立ち上がる者が現れる。


雷鳳の血を引く女戦士、リョウカはあきれたように笑いながら言った。


「やれやれ、じゃあ私もやるわよ。どうせ、黙って見てるのは性に合わないし」


最後に、巨体の虎獣人――ガロウが無言で頷いた。


ジンは小さく、安堵の息を吐く。


「ありがとう。じゃあ、始めようか――反撃を」



夜明け前。ジンの指示のもと、数人の志願兵と共に村外れに罠を仕掛け、物陰に身を潜める。


帝国の徴収部隊が戻ってくるのを待っていた。


――やがて、遠くから蹄の音。


帝国の兵が油断した様子で荷車を引いて近づいてくる。

リーダー格の兵士は笑いながら言う。


「ちっ、昨日の怯えた顔は見ものだったな。今度は娘をもう数人いただこうか」


その瞬間だった。


――バンッ!


土煙が舞い、仕掛けた爆音罠が炸裂。兵の隊列が乱れる。


「今だ! 突撃っ!」


ジンの号令に、レンゲが跳び込み、リョウカの雷撃が閃き、ガロウが鉄槌のような拳で敵を砕く。


ユナの氷刃が空を裂き、兵の武器を吹き飛ばす。


混乱に乗じ、ジンは背後から指揮官を急襲。

練習用の剣を取り上げ、その喉元に突きつけた。


「……奪われたもの、返してもらおうか」


兵士は震え、全員が武装解除。略奪された村人たちも無事に解放された。



勝利の後、村には歓声が満ちた。


だが、ジンの顔に浮かんでいたのは笑みではなかった。


「これで、帝国が黙って引き下がるとは思えない。今のは……始まりに過ぎない」


ユナがそっと肩を並べる。


「ならば、戦うしかない。我らが生き延びるために」


レンゲ、リョウカ、ガロウ――

あの夜立ち上がった者たちは、やがて「七傑」と呼ばれる存在の一部となる。


だが今はまだ、小さな火種にすぎない。

それでも、ジンの胸に宿る炎は確かだった。


「……蒼月が昇る。今、この闇夜に」


こうして、希望という名の刃が、帝国の圧政に向けて抜かれた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ