第六話 紅蓮の双牙、焦土に咆哮す
ザイド平原の東端、バスト村。かつて亜人と人間が共に暮らし、小さな市場と穏やかな風景に包まれていたその村は、今や燃え盛る地獄と化していた。
地を裂く轟音、崩れ落ちる家屋、空を覆う煙。
その中心で、一対の獣人が背中合わせに立ち尽くしていた。
「ザイア、まだ行けるか」
「もちろん。兄さんこそ、肩、焼けてるよ」
紅い髪に鋭い眼差しの兄・ナダルが、焔を握る掌を前に出す。妹・ザイアは、炎を宿した双槍を構え直す。
彼らは“紅蓮の双牙”と呼ばれた。蒼月組の中でも特異な存在――かつて帝国の焦土戦術によって故郷を失い、炎に呑まれながらも生き延びた双子。
そして今、かつて自分たちの故郷を焼いた将と、同じ戦場に立つ。
「ギルベルト・アッシュフォード……っ」
ザイアが奥歯を噛みしめる。炎の向こうから、巨体の男が姿を現した。
――大斧を背負い、重厚な黒鎧を纏った帝国五剣将の一角。
「ほう……生き残りの獣人どもか。昔、焼き損ねた灰が、また燃え上がったか?」
ギルベルトの声は重く、地を這うようだった。
「この村は焼かせない……! 俺たちのような犠牲を、これ以上出させるもんかよ!」
ナダルが炎を集め、足元から焔を巻き起こす。
「《紅蓮舞陣》――!」
彼の足元から広がった魔法陣が、周囲の温度を一気に上げる。風が熱に歪み、村を覆う炎さえも制御下に置かれていく。
「こいつが、俺たちの“復讐”だッ!!」
咆哮とともに、ナダルが拳を振り上げ、巨大な火柱をギルベルトへ向けて放った。
しかし。
「……焼き尽くせると思ったか?」
ギルベルトが構えた大斧が、火柱を裂いた。
「《轟裂・灰塵斧》――!」
斧を振り下ろした瞬間、大地が陥没し、ナダルの立っていた地点が吹き飛ぶ。灼熱の余波をものともせず、巨将は突進した。
「兄さんッ!」
ザイアが斜めから飛び込み、双槍でギルベルトの足元を狙う。《焔穿・爆槍撃》。直撃すれば、膝を砕ける――そう踏んだ一撃。
だが。
ギルベルトは一瞬、槍の軌道を読んで体を捻り、ザイアの腹を膝で蹴り飛ばした。
「く……うッ!」
空中に浮いたザイアに、追撃の斧が迫る。
その瞬間、火線が横から走った。
「《紅蓮牙・炎刃拳》!!」
炎の拳をまとったナダルが、ギルベルトの斧を弾く。
二人の戦いは激しさを増すばかりだった。
だが、決定打に欠ける。相手は五剣将。その実力は双子の力をもってしても、なお並ぶには遠い。
その時。
空が、雷とともに裂けた。
「――助太刀するよ、紅蓮の双牙!」
声とともに雷光が走り、ギルベルトの斧の軌道を逸らした。雷を纏った旋風が、空から舞い降りる。
「リョウカ!」
雷鳳の亜人・リョウカが現れた。背の翼を広げ、次々と雷撃を放つ。
「《雷刃・迅雷翔舞》ッ!」
空中で旋回しながら連撃を叩き込む彼女に、ギルベルトも顔をしかめる。
「……なるほど。ようやく骨のある奴が来たか」
直後、地上に巨大な影が迫る。
「遅くなったな!」
「戦場の匂いは逃さねぇぜ!」
銀牙シンと烈炎カンロウが到着。その背後には陣とセイリオンの姿も。
蒼月隊、東方救援部隊、ついに到着――!
「皆、揃ったようだな」
陣が剣を抜き、ギルベルトを見据える。
「ここは、もう好きにはさせない。これ以上、誰一人として焼かせないぞ」
風が変わる。焦土に咲いた意志の炎が、ひとつに燃え上がる。
最終局面。ギルベルトとの本格的な決戦が、今、幕を開けようとしていた――。