第五話 焦燥と警告、燃ゆる東方
蒼月隊が氷霧の砦を制圧してから三日後――。
戦況は、静かに、だが確実に次の段階へと移っていた。
「リュミエルが西部戦線を引いたとなると、次に動くのは――」
砦の作戦室。地図の前に立つセイリオンが指差したのは、グランディア帝国の東端、ザイド平原だった。
「ここは……かつて帝国と獣人族の間で激戦があった地ですね」
ミナギが資料を手に呟く。その視線の先には、炎に包まれた村の記録があった。
「帝国が使った“焦土戦術”……あれがまた繰り返されるってのかよ」
烈炎・カンロウが唸るように拳を握りしめた。
「その可能性は高い。グランディアがこの隙を見逃すとは思えない」
陣の言葉に、隊員たちが沈黙する。
そんな中、情報担当のミナギが報告を口にした。
「帝国軍、“五剣将”の一人――ギルベルト・アッシュフォードの部隊が、すでにザイド平原南端の村々を焼き払ったとの報せがあります」
「ギルベルト……あの“灰塵斧”か」
ガロウが顔をしかめた。
セイリオンが補足するように言う。
「巨大な戦斧を振るう破壊の将。焼き尽くす戦術に長け、後に何も残さない。次の狙いは、我が方の東部前線、バスト村と見られる」
「そこには……!」
リョウカが声を上げる。
「我ら蒼月組の予備戦力が駐留してる! それに、まだ避難してない亜人の集落も――」
空気が一瞬、重くなった。
「ならば、動くしかない」
陣の声が、その場を引き締める。
「蒼月隊を二部隊に分ける。ユナ総長に伝えて、蒼月組本隊の後衛支援も合わせて、速やかに救援へ向かう」
ユズハンが手を挙げ、冷静に口を開く。
「先行奇襲は我々“天将七傑”が担うべきだ。相手は帝国五剣将の一角。並の兵では押し戻せん」
「了解。では……第一突撃隊をシンとカンロウ、第二はガロウとユズハン。ミナギは情報収集、リョウカは空中遊撃」
「わかったわ!」
「任された」
仲間たちが次々に応じる。
その時――戦場の方角から、爆音が鳴り響いた。
「っ……これは!」
皆が身を乗り出す。
遠方の空が赤く染まっていた。炎が、村を包んでいる。
「間に合わなかった……!?」
陣が地図を握りしめ、目を見開く。
だが次の瞬間、ミナギが鋭く声を上げた。
「まだ完全にやられてはいません! この村を守るべく、“ある部隊”が立ちはだかっています」
「……誰だ?」
陣が問い返す。
ミナギは静かに答えた。
「“炎の精鋭”――《紅蓮の双牙》ナダルとザイアです」
それは、炎を操る双子の兄妹。かつて亜人族を焼いた帝国軍への復讐を誓い、蒼月に忠誠を捧げた戦士たち。
「ナダルが残り火を制し、ザイアが焔槍で敵を穿つ……!」
リョウカが目を見開いた。
「だが、相手がギルベルトじゃ、持たない……!」
「間に合わせるぞ! 全員、出撃準備!!」
陣の号令とともに、蒼月隊は戦場へ向けて再び走り出す。
東の空が紅蓮に染まり、焔と灰が渦巻く中――次なる激戦の火蓋が、静かに、確実に切られようとしていた。