第四話 守護の覚悟、そして決別
氷の霧を突き破り、玄武・ガロウが戦場に帰還した瞬間――その場の空気が変わった。
「盾が戻った……!」
ユズハンが低く呟く。彼の隣で陣も頷いた。
「これで――突破できる!」
だが、立ちはだかる六耀将シア・フレイネールは、凛とした姿勢で槍を構える。彼女の周囲には、いまだ凍気が満ちていた。背後には、氷精霊の加護を帯びた蒼白の陣形。防衛線は依然として強固。
シュイエンが囁くように言った。
「この子……ガロウに情がある。けど、それでも退かない……」
「忠義と情の板挟みか……それもまた、戦場だな」
銀牙・シンが小さく呟いたその時、ガロウが一歩前へ進んだ。
彼の声は、低く、静かに響く。
「シア……一度だけ、問いかけよう。俺たちが共に生きたあの村の記憶、お前の中に残っているか」
「残ってるわよ……忘れるものですか。けれど――今の私はリュミエルの六耀将。立場が違うの」
「ならば、次に進むしかない」
ガロウが地を蹴る。
盾と槍が交差した。金属と氷晶が激突する音が霧を裂き、二人の間に火花が散る。
「なら……全力で来なさい、ガロウ!!」
シアが叫ぶと同時に、冷気が爆発的に広がった。空気中の水分が凍り、氷刃となって乱舞する。
「《氷結陣・霜牙乱槍》――!」
数十本もの槍が空から降り注ぎ、地を穿ち、視界を封じる。
しかし、ガロウは退かない。大盾を構え、正面から突き進む。
「《不壊の壁》、貫けるものなら貫いてみろッ!!」
氷槍が弾かれる。鋼の壁と化した彼の身体が、前進を止めぬ。
シアの眉がわずかに動いた。内心では驚いていた。この男の防御力は、常識を超えている。ましてや拘束され、満身創痍の状態からここまでの力を――
「そんな目で俺を見るな、シア。俺はもう、お前の知ってる“優しかったガロウ”じゃねえ」
ガロウの声には、哀しみと、怒りが混じっていた。
「仲間を守れず、村を守れず……それでも俺は、生き残った。蒼月国に拾われて、ようやく“居場所”を見つけたんだ!」
彼は叫ぶ。
「今度こそ――守り抜く! どんな凍気にも、どんな槍にも、俺の盾は砕けねぇ!!」
その瞬間、大地が揺れた。
ガロウの盾が地面を叩き、波動が走る。《不壊の壁》が発動したのだ。周囲にいた味方全員に、強化の結界が張られる。
氷霧がかき消され、視界が晴れる。
「今だッ! 突撃!!」
リョウカが空を翔け、シンとユズハンが左右から敵陣を突破する。シュイエンが後方から幻術を展開し、セイリオンが敵指揮官の動きを封じる。
「行けぇぇぇぇぇッ!!」
陣が吠え、前へ――!
そして、その中心でガロウとシアは、なおも戦っていた。
激突は続く。だが、明らかに均衡が崩れていく。ガロウの踏み込みが鋭くなり、シアの氷霧が追いつかなくなる。
「ッ、く……!」
シアの槍が弾かれ、彼女の身体が後方に吹き飛ばされる。その瞬間、ガロウが叫んだ。
「やめておけ、シア! ここで引け、今ならまだ間に合う!!」
シアは、倒れたまま、苦しげに笑った。
「……貴方、本当に変わったわね。あの時の小さな亜人の子たちを庇って泣いてた、あの優しいガロウが……」
彼女はゆっくりと立ち上がる。氷の槍を、再び手に取った。
「でも、今のあなたも……私は、嫌いじゃない」
凍気が彼女の身体から離れていく。氷の陣が解け、彼女の表情から敵意が失われていた。
「私は、ここで退く。ガロウ……ありがとう」
「……そうか。なら、いつかまた会おう。今度は盾も槍も持たずにな」
シアは微笑み、霧の中へと姿を消した。
敵の本陣が撤退を開始し、蒼月隊はついにこの地の制圧に成功する。
「勝った……!」
仲間たちの歓声の中、ガロウは黙って空を見上げた。
冷たい風が吹き、凍えるような静けさの中で、かすかに彼の心を温めたのは――かつての少女の微笑みだった。