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第三話 霧中の脱出、黒い氷槍

月の光すら届かぬ深き渓谷。そこは氷霧が渦巻く冷気の牢獄であった。


 玄武・ガロウは、岩壁に縛りつけられたまま、じっと目を閉じていた。分厚い毛皮の下でも冷気は容赦なく骨身に染みわたり、呼吸すら氷となる空間。


「……来るなら、さっさと来い……」


 重く鈍い声が、静寂を裂く。


 だが返ってきたのは、足音と――高く澄んだ声。


「貴方、やっぱり馬鹿ね。正面から突っ込んで来るなんて」


 姿を現したのは、リュミエル連邦が誇る六耀将の一人――《氷晶槍》シア・フレイネール。


 透き通る銀髪と、凍てついたような冷ややかな蒼瞳。だがその容姿とは裏腹に、彼女の目にはどこか哀しみの色が宿っていた。


「……ガロウ。昔のように、少しは話してくれない?」


 ガロウの眉がぴくりと動く。


「貴様……あの時の村娘か」


「覚えてるのね。あの戦のとき、貴方に命を救われた……あの頃の私は、まだ剣も握れなかった」


 シアの瞳が細められ、ガロウの前にしゃがみ込む。


「貴方を殺せという命令が下ってる。でも、私はまだそれを実行してない。分かる? これがどういう意味か」


 ガロウは鼻で笑った。


「未練か? 情か? ……それが命取りになるぞ、シア」


「ええ、そうかもしれない。でも私は……」


 その時、遠方から低く響く雷鳴のような音が聞こえた。


「……来たわね。貴方の仲間たち」


 シアは立ち上がり、槍を手にする。


「忠義に殉じるのか、過去に応じるのか……選びなさい、ガロウ」


 だが彼は、ゆっくりと目を閉じた。


「答えなど決まっている。俺は――《天将七傑》、蒼月の楯だ」


 * * *


 一方その頃、渓谷の外では霧を切り裂くように数人の影が疾走していた。


「セイリオン、こっちは見張り一体排除した。次のポイントまであと百二十歩!」


 雷迅・リョウカが、翼を折りたたみながら静かに囁く。


「了解。花霞、幻霧をもう一段階濃く」


「任せて。――《霞妖法・深霧結界》」


 花霞・シュイエンの指先から紫色の霧が広がり、視界をさらに曇らせていく。その中を、陣とユズハンが前進していく。


「ガロウは生きている。シアの性格上、むやみに殺しはしないはずだ」


 セイリオンの分析通り、敵本陣の動きは鈍く、罠の気配はあるが致命的なものは見えない。


 ――だが。


 「来たぞ、敵の増援だ!」


 銀牙・シンが霧の中で拳を構えた瞬間、氷槍が五本、空から降り注いだ。


「ッ、やっぱり……こいつら、位置を感知してやがる!」


 地の霧が一瞬で凍り、動きが奪われる。空を翔ける白影――シアが、自らの手で迎撃に出たのだ。


「皆、後退を!」


 ユナが冷静に号令をかけるも、シアの動きはその遥か上をいく。光のごとく舞い、雷撃のごとく刺す――それはまさに、氷晶の舞。


 だが、その時。


「やめろ、シア!」


 轟くような咆哮とともに、巨大な影がその場を割った。


 拘束を破って現れたのは、血と傷にまみれながらも立ち上がった盾将――玄武・ガロウ。


「ここは……俺の戦場だ!」


 地面を踏みしめると同時に、氷の霧が爆ぜ、周囲の空気が揺れる。


「ガロウ!」


 陣が叫ぶ。その声に応えるように、ガロウが雄たけびを上げる。


「来たか……最後の一歩が遠かったぞ!」


 刹那、彼の手に再び握られるは、重き大盾《玄武岩陣》。

 その存在が、仲間たちの士気を鼓舞した。


「突破するぞ! この霧の牢獄を、俺たちの怒りで突き破れ!!」


 蒼月の戦士たちが、一斉に前へと駆け出した。

 その先に待つは、勝利か、あるいは――さらなる絶望か。

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