第一話:それぞれの矜持(きょうじ)
蒼月国、北の演習地帯――。
陽の光が斜めに差し込み、霧が立ちこめる早朝。ジンは練兵場の中心に立っていた。周囲には訓練中の兵士たち、そして天将七傑の面々が見守るなか、彼は静かに剣を構える。
「お前たちに見せておきたいことがある」
ジンの声音は穏やかでありながら、鋭い気迫を含んでいた。
対峙するのは、第三番隊隊長・銀牙シン。狼の獣人であり、獰猛な戦闘狂として知られる猛者だ。
「ほぉ……俺とやり合おうってか?」
「そうだ。お前の力を見極めるのと同時に、俺自身の実戦感覚も取り戻したい」
シンはニヤリと笑うと、構えを取った。その拳には鋼鉄の籠手がはめられており、まるで爪のように鋭い。
「望むところだ!」
周囲の空気が一気に張りつめる。ジンが抜刀したのは、愛刀・蒼月。鋭い切っ先が朝日に煌めいた。
そして、瞬間。
「《蒼月一閃》ッ――!」
ジンの姿が消えた。
次に見えたのは、シンの背後に立つジンと、その右腕を切り裂いた一閃の軌跡だった。だが、シンは苦笑しながら振り返る。
「いい速さだ……だが!」
獣のように跳ねたシンの脚が地を蹴り、ジンに肉薄する。凄まじい拳撃の嵐が繰り出され、ジンはその全てを紙一重でかわす。
「くそ、やっぱ化け物かよ……!」
ジンは後方に跳躍して距離を取る。額から汗が流れた。人間の体では限界がある――そう思ったとき。
「……ならば、使うしかないな」
ジンの体から、淡い金色のオーラが立ち上る。
「《獣王ノ血脈》、発動――」
瞬間、周囲の亜人たちがざわめいた。まるで本能が反応したかのように、その場にいる全員の血が沸き立つ。
ジンの瞳が獣のように光り、体術と剣術が合わさった怒涛の連撃がシンに迫る。
「ハハッ……これだよォォ!」
激突は十合、二十合と続き、やがて互いに距離を取り、息を整える。
沈黙ののち、シンが深く息を吐いてから頭を下げた。
「あんたは……俺の矜持を超えた。これからは命、預けるぜ」
それを合図に、天将七傑たちが次々に膝をつく。
「……ありがとう。だが、俺は仲間として戦いたいだけだ」
ジンの言葉に、一同の目に光が宿った。
そして、その光景を陰から見守る者がいた。ダークエルフの女、月影ミナギである。彼女は静かに呟いた。
「……動き出したわね、歴史が」
その頃、グランディア帝国では。
「陛下、蒼月国が再編を完了したようです」
「そうか。ならば……いよいよこちらも動くときだな」
皇帝アウルス・ヴェルディアが、玉座から立ち上がる。
戦乱の予兆は、すでに各国を包み込み始めていた――。