奴らが……来る!
「……腕がうずく。……来る!」
「ん? カイト。どうしたんだ、トイレか? あ、おい、どこへ行くんだ! 授業中だぞ!」
僕の名前は海乃カイト。ごく普通の小学六年生さ。……ちょっと前まではね。
ある日の昼下がりのことだった。庭に突然、空からバレーボールほどの金属球が落ちてきたんだ。小さな地震のような衝撃と、バコッ! って音に何事かと思い、慌てて外に飛び出してみたら、その正体はなんと宇宙船。扉が開き、中から現れたのはアール人という宇宙人だった。
彼は血を流しながら僕にこう言った。『奴らを止められるのは君しかいない』――ってね。
そして彼は、奴らと戦うためのブレスレット型の武器――『フィンシッグ』を僕に託したんだ。
アール人はそのまま力尽きてしまった。だから詳しいことはわからない。でも、このフィンシッグが“奴ら”の接近を感知して知らせてくれる。
奴らとは、宇宙からやってきた寄生生物――アサニス。人間に寄生し、意のままに操る恐ろしい連中だ。その目的は地球の支配。とんでもなく凶悪で、このままだと人類は奴隷にされてしまうんだって。
奴らと戦う力を持ったからといって、いきなり最強になれるわけじゃない。だから僕は、学校を休んでずっと特訓を続けていたんだ。
そして今日、久しぶりに登校したら……ちぇっ、これだよ。でも、そろそろ実戦で自分の力を試したいと思っていたところさ。大丈夫、怖くないよ。僕も、みんなもね。僕が地球を守る。
「おい、カイト。どうしたんだ、学校まで飛び出して」
やれやれ、先生に見つかっちゃったよ。のんきな顔して、まったく……。
「さあ、先生と一緒に教室に戻ろう。みんな待ってるぞ。まあ、大野のやつは自習になってラッキーって思ってるだろうけどな。はははは!」
「……先生、その手を放してください」
「カイト……何か嫌なことがあって、教室に戻りたくないのか? ちゃんと聞くから、先生に話してごらん」
「先生に……大人に話しても、どうせわかってもらえません。でも、僕を信じてください。今は構わないで……」
「カイト……」
「大丈夫、必ず戻りますから」
「大野に何かされたのか?」
「いや、違いますけど、なんで?」
「先生が大野の名前を出した途端、すごく暗い顔になったじゃないか」
「いや、これ真面目な顔をしてるんですけど。とにかく、さよなら!」
僕は先生の手を振りほどき、近くの塀に飛び乗り、さらにそこから屋根へと飛び移った。これがフィンシッグの力さ。僕の身体能力を飛躍的に強化してくれる。先生を驚かせちゃったかもしれないけど、仕方ない。一般人を奴らとの戦いに巻き込むわけにはいかないからね。
僕は屋根から屋根へ移動し、アサニスの反応があった方向へ向かった。
「さて、このへんにいるはずだけど……」
道路に着地し、辺りを見回す。静かな住宅街だ。この平穏を壊そうとするやつがいるなんて、許せないよ。
「おーい」
「えっ、先生!?」
「ダメじゃないか、人の家の屋根の上を移動しちゃ」
「いや先生、どうやって追いついたんですか?」
「ああ、知らなかったのか? 先生は昔、パルクールをやってたんだよ」
「ええ……いや、とにかく僕には大事な使命があるんですよ」
「使命? 学校で授業を受けることよりもか?」
「当然ですよ。このフィン、ちょ、ちょちょ、僕のフィンシッグ! 返してくださいよ!」
「ダメじゃないか、学校にこんなオモチャを持ってきちゃ。こういうのがトラブルの元になるんだよ。あの子に盗まれただの、うちの子がそんなことするはずがないだの、親からクレームがくるんだ。先生の立場もわかってくれよお」
「返してくださいってば! それがないと本当にまずいんですから!」
「じゃあ、これを返したら学校に戻るって先生と約束するか?」
「わかりました、わかりましたよ、もう……」
「よし、さあ戻ろう。でも、だいぶ趣味が悪いぞ、そのデザイン。臭いし、まさか、ずっと着けてるのか?」
「カッコいいじゃないですか! はあ……じゃあ、先生はここで待っててください」
「おいおい、約束を破る気か? それは感心しないな」
「いや、そうじゃなくて、あ、近いな……」
「トイレか?」
「しかもこの反応、かなり大きい……」
「うんこか?」
「来る……ちょ、なんでズボンを脱がそうとするんですか!?」
「いや、漏らしそうなんだろ? パンツとズボンを汚したら後が大変じゃないか。ほら、本当はダメだけど、そこの電柱の陰でしなさい」
「違いますってば! あ、あ、来た! あれです、あの男!」
「んー? あの人がどうかしたのか?」
「ふー……いいですか、先生。落ち着いて聞いてください。奴は普通の人間のフリをしてますけど、その正体は宇宙から飛来した寄生生物、アサニス――ちょ、ちょ、ちょ、近づいちゃダメですってば! 何考えてるんですか!」
「いいから手を放しなさい。ちょっと話をしてくるから」
「危険なんですってば! ああ、もう……まあ、いいやられ役かな……ん? ちょ、なんで一緒に戻ってくるんですか!? まさか、先生も……」
「ほら、この人は大丈夫だよ。ワクチンを打ったから。証明書も見せてくれたよ。どうもすみませんねえ」
「いえいえ、ははは」
「ワクチン……?」
「カイト、お前まさか知らないのか? アサニスに寄生されても、潜伏期間中にワクチンを打てば問題ないんだよ」
「いや、え……? 先生、アサニスのことを知ってるんですか?」
「カイト……ニュース見ないのか? アサニスなんて常識だぞ。家でアニメばっかり見てるんじゃないのか?」
「最近の子は、興味がある情報しか見ない傾向があるって言いますからねえ」
「え、いや、特訓してたし……それに、マスコミがそんな情報を知るわけが……」
「アール人という宇宙人が政府に直接知らせてくれたんだ。ワクチンの製造方法もな」
「え? え? 僕だけが特別じゃ……庭に墜落してきたアール人が、死に際にこのフィンシッグを僕に託して……僕に、地球の命運が……」
「カイト……小学生に地球の命運を託すわけないだろ。そのブレスレットも、本当は『大人や警察に届けてくれ』って意味だったんじゃないのか? というかお前、死にかけてる宇宙人を前にして、救急車を呼ばなかったのか? 庭に宇宙船が落ちた? じゃあ、宇宙船は? まさか警察に届けなかったのか? 親にも言ってないのか? ああ、そうか……共働きで親が帰るのが遅いんだったな。わかるよ、本当は寂しんだろう。でもな、だからこそ、ちゃんと学校に来て、誰かと話すべきなんだ。引きこもってアニメばかり見てないでさ。さあ、先生と一緒に戻ろう」
「というか、腕のそれって……」
「あああああああ!」
僕は特別な存在になりたかったんだ。ヒーローに。そうすれば、みんなに認められて、何もかもうまくいくと思ったんだ。
ああ、頭が割れるように痛い……先生たちが何か言ってる……寄生? 僕が?
じゃあ、この力は…………。
ボクハ……コノホシヲ……シハイスルンダ……。