行かれない場所
「マイナスイオンで楽になって~」
とか、
「なんとかオーラであなたの御運が進歩~」
とか。
そういう売り文句でやっているのかと言ったら、別にそうでもないらしい。
サッカーの観戦は結局、チケットが取れなかった。
で、スマホで観ながら。
電車に乗っている。
フラワーパークまでは、あと少しの距離?
話は「神社飲み」で出たのだった。
ハルが言う。
「近くに行くと楽になるから、死ぬ人が多いんだろうとかいう噂」
「マイナスイオンで?」
「さあ、いろいろじゃないの? とにかく阿義道神社へ行く前後で、死ぬ人が多いって噂ね」
ハルは技術職。
それを聞いているスイは販売職、神社飲みの場所貸しのカオル。
カオルは、時期神主候補だとか。
大学同期、女三人。
「もっと言うと、フラワーパークの前後とか」
「フラワーパークは大丈夫なわけ? あそこ私結構好きだけどな」
「中央地点ってことかもね。でさ」
「綺麗だから天国に近かったりとか、そういうイメージあるんじゃない?」
カオルが口を挟む。
スイ。
「神道なのに天国とか言うの?」
「よく分かんない。うちの今の神主も適当だし」
と、カオルは肩をすくめる。
折から、というかこの時も、サッカー観戦の時期であり。
いつも三人決まって、チケットが取れない。
サッカー観戦しながらのパブなんてのもあるが、気心の知れた人で飲みをするなら。
こじんまりとしていた方がいいだろう、とかそんな理由。
カオルの勤める神社はとにかく狭い。
鹿もいない。
規模も名声も普段の参拝客も、伊勢神宮や春日大社には及ばない。
当たり前だが。
「その辺のニュースだと事故って出てくることが、ほとんどだけれど」
とカオル。
酒の合間に茶。
「楽になるから、死ぬって? もしかして後をつけられてドカーンとかじゃなくて?」
ハルは、茶を無視して酒瓶に手を伸ばす。
「ゴール!」の声。
パーン!
とサッカー中継。
「また一点入ったっぽいよ」
とスイ。
「じゃあ、何? 殺人の可能性とか?」
とハルは飲みながら言う。
カオル。
「違うのよ。神社に居ると、誰かに後ろから、みたいな人が多いって普段から聞く。この前も参拝客がそう言ってた」
「勤めている人は視点が違うわ。とにかく、阿義道神社にはそういう感じのが多いってさ。気になる? 気にならない?」
やたらとハルは、いろいろ行きたがる。
初詣目的の春日大社で、鹿に餌をやって注意される羽目になったのも、ハルのせいだった。
とスイは思う。
技術というか研究も兼ねて、飛行機へ乗る機会の多いハルは、どっかの国に行くのが好きだ。
特に南。
都市で言うとサンティアゴとか、赤道に近い国への旅行など。
スイは、自分で勝手に「中央地点」と言ったフラワーパークで降りる。
少し呼吸を整える意味もあった。
夜の庭園。
パーク自体閉園しているために、人も少ない。
ベンチへ腰掛ける。
「誰かにつけられている気がする」のは、電車に乗って以降。
ずっとである。
忘れ物のグローブがずっと、座席に置いてあるのも。
さて気になった。
興味本位で自分は、ここへ来たのだろうか。
それだったら、そもそも来るものではなかった。
ハルから、長いメールが来ている。
なんとか党とか、なんとか連合についての野次馬話が中心。
「神社飲み」では、そういった話にも事欠かない。
飛行機に乗る回数が多いから?
話題性もきっかけも、全てハルが持ってくる。
ハルにも、阿義道神社に向かうよっていうこと、直接言えばよかったのだろう。
以前から、スイは「誰かに後をつけられている」と思うことがしばしば。
大学時代からである。
人の死ぬ話というのは、気が滅入る。
士気も下がる。
スイの場合、仕事始めは大体そんな感じになる。
仕事や評判への影響を気にしてなのか、前年と何か違いがある度に。
年始からの仕事では、ちょっとした話があったりする。
近隣に勤めるとある社員の野次馬話なんかがあると、特に。
上司が取ってつけたように、社員と話し合いを持ったり。
懇親だと言っては、短い集まりを始める。
さては年始のイベント扱いである。
取り上げられる野次馬話のほとんどが、自殺の話題だった。
かつて同伴者が居て、午前中に来たことのあるフラワーパークだが。
今は様相がガラリと変わって、スイの眼に映る。
閉園の札。
また明日開くのだから、と念を押すように開場時間が、これでもかと書いてある白い看板。
妙に白く見える。
気が付くと、スイは自分以外、本当に誰もいないことに気が付いた。
気配はするのに。
「気配はする」?
右か、左か。
どうしよう。
さっきから?
本当に、つけられていたら?
電車に乗って以降の感覚が本物だったら?
あの電車、人が少なかった。
グローブも忘れたのが、そのまま。
誰が他に降りただろう。
降りたのか?
よく見なかった。
スイはちょっと身震いする。
感覚は変わらない。
ベンチから立った。
一歩踏み出し、走る。
無我夢中。
地理には詳しくない。
駅の近くでコンビニがあるはずだ?
それもない。
街灯も少ない。
迫って来る感覚が近くなって来た。
やっぱり、前からの感覚は会社の誰彼に、言っておくべきだったろうか?
あるいは、警察?
ポケットの振動。
ハルかもしれない。
でも、出ている暇がない。
急に、明るくなった。
車のヘッドライト。前方だ。
「スイ!」
と呼びかけて来たのは、カオル。
装束姿ではなかった。
白いブラウス。髪はまとめている。
「わ、カ、カオル……」
息が切れているスイ。
「ど、どうしたのよ」
「そっちこそ、すごい取り乱しているけれど」
「ええと……」
スイ。
「阿義道神社が気になったから、つい」
「じゃあ、今夜じゃなくて別日にしなさいよ。あんた、つけられているって。参拝に来て云っていたじゃない」
唯一、スイはカオルだけには言っていた。
「えっと……じゃあ、もしかしてつけていたのって?」
「あたしかもね」
とカオルは苦笑。
「何かとにかく、殺気だっているから。とりあえず乗れ」
で、スイは車に乗り込む。
「あのさ」
「何」
「大学生の頃からなんだよね。つけられている感じ」
「うん」
車のギア。
それから、グンと一振り。
車内は明るくなる。
スイ。
「ストーカーだと思う? この感覚」
「さあ、どうだろうねえ」
とカオル。
翌日。
阿義道神社付近の駅だという。
亡くなったのは、ハルだった。