ツアー客
「えー、本日は皆様、本ツアーにご参加いただき誠に――」
「まぁこぉとぅに、ありがぁとぅーございまぁす!」
「お前が言うんかい!」
「はははははははっ!」
「ねー、バシアンの新作み?」
「あー、み。敬徳」
「あら、あなた。ダメですよ、こんなところで服を脱ごうとしちゃ」
「首のあたりがなんか苦しいんだ」
「はぁ……」
「ため息はいい加減やめたらどうだ。せっかくのツアーなんだぞ」
「ふー、なんかぁ、けったいなところんだんなぁ」
「んだなぁ」
「むふふ、どうだ? 私の雄姿をちゃんと記録できているか?」
「ええ、ええ、もちろんですとも社長、ほほほほほほ!」
「……えー、当ツアーは今回で記念すべき1000回目で――」
「よって、今から皆さんには殺し合いをしてもらいます」
「あいやぁぁぁ、古典的!」
「はははっ! ガイドさんも入れてムシャラフゥ!」
「ケイトリィは?」
「あー、あれはない」
「ほらほら、あなた。もっと前に行かなくていいんですか? ガイドさんの声が聞こえないでしょう?」
「ああぁ、苦しい、苦しい」
「あたしがいつ、ため息をつこうとあたしの勝手でしょ」
「遠慮してほしいと言ってるんだ。分かれよ」
「あの草、うちの庭に生えていなかったかな」
「あー、うちの庭にも生えとるわ」
「しっかりと記録して、あいつらに見せてやらないとな」
「ええ、もちろんですとも。お任せください」
「皆様もご存じのとおり、今回は特別ツアーと題しまして――」
「童貞狩りを敢行します!」
「わりぃ、おれ、死んだ」
「パコパコにされちゃうぅぅ」
「ユンピの新曲」
「フラ、ネクロマンティス」
「ほらほら、あなた。どうせ聞こえてないんでしょ? 前に行きましょうよ」
「ああ、うっとうしいなぁ……」
「別れよう? は? 何様のつもり!?」
「いや、分かってくれよって言ったんだよ。お前な、あまり大きな声を出すなよ。他のツアー客に迷惑だろう……」
「お、あの鳥、見たことあるな。うちの山にいたわぁ」
「はははっ、嘘つけぇ」
「まったく、なんでこの私を差し置いて、あいつらが先に参加できたんだ」
「まったくですねぇ。謎ですよ、謎」
「たくさんの応募の中から厳正に抽選させていただいた結果、 ご当選されました皆様をご招待――」
「というわけで、一緒に地球滅亡の瞬間を眺めましょう」
「いやぁ、スケールに対して人選がクソ!」
「生き残ったのが俺らじゃ、どの道人類終わったぁぁぁ!」
「死んだは今月」
「なー、ウォレット息してない」
「いつも聞こえている振りをしてるけど、人の話を聞いていないんですから。そのくせ、あとから『そんなこと言ってなかっただろう?』だなんて、ほんと嫌だわぁ」
「はぁぁ、苦しいなぁ……」
「ならもっとわかりやすく言いなさいよ! あと、お前呼ばわりされたくないんですけどぉ!?」
「だから、うるさいと言っているだろぉぉぉ!」
「嘘ってなんだぁ? おれが見たっつってんだから見たんだよ、おめぇにわかんねぇだろ」
「お前の山で見たんなら、おれの山にもいたはずだぁ、ちけーんだからよ。あんな鳥はいるわけねぇ」
「ああ、思い出すと腹が立ってくる。あの野郎、散々自慢しやがって……」
「ええ、本当に。社長なら、もっと早くにツアーに参加できてもおかしくないですよぉ。おかしいのはツアー会社ですなぁ」
「なお、落とし物など、注意事項にお気をつけて、行動するようお願い申し上げます。また、くれぐれもルートから外れないように、そして――」
「大丈夫。森羅万象を司るうちの総理が地震も噴火もすべて止めっから」
「総理なら今、おれのじーちゃんの墓の隣で寝てるよ」
「いや永眠!」
「叔父活す?」
「んー、太いのいなくな?」
「一緒のお墓に入りたくないですからね。あら、言っちゃったわ、うふふ」
「はぁぁぁぁ、息苦しいなぁ、なあ、息苦しいぞぉ」
「あんたの! ほうが! うるさいでしょ!」
「お前が先に騒ぎ出したんだろうが!」
「おめぇの山はしょぼいからそらそうだ、はははは!」
「……はぁ?」
「まったく、まあこうして参加できたんだ。広い心で許してやるかな。ははははっ! あ、だが一般応募からの抽選ってことは言うなよ。無料なんて恥ずかしいからな。他の連中と同じく大金を積んだことにしろ」
「ええ、ええ、でも社長の豪運が見事、引き当てたという見方もできますなぁ」
「絶対に服を脱がないように、あ、あ、あのお客様、おやめくださいっ。今着ているこの防護服はあなたさまとそれからこの環境を守るために――」
「あーれー、おやめになってぇん」
「耳が汚れるからやめろ」
「なん? ああ、うしろのじーさんか」
「エイミがいいの見つけたって」
「ヤリあり?」
「ああ、ほら、おじいさん、言われてますよ! ほんと嫌だわ」
「こんな服は嫌だぁぁぁぁぁ」
「あなたが浮気なんかするから、もうもうもうああ、本当に無理! 同じ空気を吸いたくない!」
「じゃあ、来なきゃよかっただろ! 大体防護服を着てんだから同じ空気もないだろ。バカだなぁ」
「あ? あんだ? 本当のことだろう。うちの山のほうが広いしな」
「はははっ 広いったっておめぇんとこ禿山じゃねえか! おめえの頭みてえになぁ!」
「んー、それも悪くないなあ。しかし、特別招待ならお土産くらいもらってもいいよな」
「あ、せっかくだから私も……」
「ああ、ダメです! 現地の物を持ち帰るのは禁止しています!」
「俺も、ぬごーっと」
「ああ、ふぅ、いい空気だ……オエップ」
「早速汚すなよ。ああ、お前、コーラ飲んできたな」
「ヤリなし、極太」
「えー、シ? うちらもいけんの?」
「ほんとに恥ずかしい人。ああ、こんな人と夫婦だと思われたくないわ」
「うぅ、あぁ、スッキリした」
「……バカ? バカ? え? バカ? え、バカって言った? は?」
「な、なんだよ。それにな、女なら亭主の一度の浮気ぐらいで、そんなゴチャゴチャグチグチとなぁ」
「ハゲ? ……あー、殺そ」
「防護服の中で帽子被ってんのおめえだけだぞ。あっ、この、や、やめろ!」
「んー、石に葉っぱに、これじゃあなぁ。いっそ何か狩るか」
「ああ、いいですなぁ」
「あ、あ、あ、喧嘩はおやめに、あ、あ、ちょっと、何を埋めてるんですか! ダメです!」
「言われてんぞ。何埋めたんだ?」
「ゴム。使用済みの。おれの遺伝子がこの大地と交わる……」
「最低かよ。いや、くせぇ! 手、こっち向けんな!」
「ぶんに。でもシャあり。あ、脱ぐ?」
「ん。みんな脱いでるし。てかシャってそれ鵺じゃん」
「はーあ、あたしは脱ぎませんからね」
「え、何か言ったか? もしもーし、聴こえませんよぉ」
「いちどぉのうわきぃ……? 浮気! 浮気! ウワキウワキウワキ! もぉぉぉぉぉいやぁぁぁぁ、帰して! おうちに帰してよ! もぉぉぉう帰るぅぅぅぅ!」
「さ、騒ぐなよ。子供の前だぞ……ほら、お前もゲームばかりやるな! せっかくのツアーなんだからな」
「……チッ」
「この! この! おれは本当に見たんだっての!」
「この嘘つきハゲ妖怪!」
「どうせなら、生きたやつをこっそり捕まえて持ち帰ろう」
「ああ、素晴らしい。名案です!」
「み、みなさま! やめ、やめてください! 一度、タイムマシンの中にお戻りください!」
「おれはこいつを持ってきた。テテンミクルル。これ見つかったらオーパーツとして歴史に残るぞぉ」
「まあ、埋めた俺が言うのもなんだけど、このあたりは隕石で吹き飛ぶんだろ?」
「いやぁ、案外めちゃくちゃ吹っ飛んで無事かもな。確か注意事項にそんなこと書いてなかったか?」
「ね。はーぁ、うちらもなんか埋めて帰ろー」
「あ、ユンピのエルスタ? それ原始人が見つけたらフラジーザじゃん」
「ちょっと、触らないでよ!」
「ははは、なんだよぉ、更年期かぁ? いや過ぎたか。ははははは!」
「もうあなたとは話したくなぁい! もういやぁぁぁ! いやぁぁぁぁ!」
「おいおいどこに行くんだよ。まったくはぁ……。ほら、お前も服脱ぎなさい。せっかくの大自然なんだからな。お、今の茂みの揺れ、あれは恐竜かな? はははは!」
「はぁ……」
「いてっ! この、お、ん?」
「あんだ、ん?」
「そうだろう、そう思ってこれを持ってきたんだ。どうだ? 匂うか? ははは、動物には効果的だろう。今に寄ってくるぞぉ」
「そ、それ禁止されたやつじゃ……動物園で、大事故が起きたから……」
「あ、あ、あ、み、皆様、ご安心ください、きょ、恐竜が嫌がる電話を、じゃなくて電波を発生させておりますので、ほ、ほら、あ、あ、それよりも、持ち物を埋めないでください! もし、残ってしまったら未来に、私たちの時代にどんな影響があるか、あ、あ、え、消えて、皆さん、消えていって――あ、あれ?」
「テスト終了だ。ほら、落ち着きたまえ」
「え、え、え、あ、これ」
「そうだ、シミュレーションだ。タイムマシンによる白亜紀ツアー。そのツアーコンダクターのな」
「あ、はい……あの……」
「思い出したな? これは迷惑客への対応を見るためのテストで、いや、もう説明しなくてもわかるな。その出来もな」
「はい……で、でも、あんな人たちは事前に弾かれますよね……?」
「当然そうするさ。審査して、ツアーには限られた金持ちしか参加できない予定だが、あの設定のように1000回目記念など、数をこなすうちにいつか気が緩み、ああいった連中を参加させてしまうことがあるかもしれない。だからこそ、ツアーコンダクターは優秀な者が担うべきなんだ。わかるね」
「はい……私は不合格ですよね……」
「……いや、合格だよ」
「え? どうしてですか?」
「まあ、ぶっちゃけコネだよ。君のお父さんは政界に通じているし、タイムマシンの運用には反対する者も大勢いるからね。その声を抑えるためにそういった繋がりは持っておかないとな。まあ、君も経験を重ねれば立派なツアーコンダクターに、ん? なんだ? 何を言ってるんだ? 声に出てないぞ、あ、あ、あ、君、姿が消えて、あ、あ、あ、私の手も、あ、あ、あ――」