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8 王太子の寝室




「……なぜ、ここにいらっしゃるのか、聞いてもよろしいですか?」


 いぶかる声に、ようやくやってきたかと、私は寝台から身を起こす。


 そこは、マイケル=ミゼル=マグネリア王太子の寝室だ。

 私がしどけなく寝そべっているのは、彼の寝台。


 ガウンを羽織っているものの、その下は薄手のナイトウェアで、身を起こしたばかりの私は乱れた髪を手櫛で整える。

 正直、婚前の令嬢が晒していい姿ではない。

 けれども、アイリス姉さま御用達の『この世界を作ってきた歴史ある技術』に載っていた技なのだ。

 起き抜けに乱れた髪を手櫛で整える。

 これで男はイチコロなのである。


 実際に、マイケルも扉の前から動かない。

 きっと、技が効果を発揮しているのだろう。


「話があったからです」

「日中、いつでも声を掛けてくださって構わないのに」

「二人で話をしたかったんですよ」

「部屋を確保いたしますよ」

「それではよくないのです」


 マイケルは戸惑った様子のまま、寝室の扉付近から動かない。

 技が効きすぎたらしい。

 なので、寝台から降りた私は彼に近づくと、そっと寝台横のソファに彼をいざなった。


 どうするべきか彼も決めかねていたのだろう。

 わたしがいざなうままに動かされ、ソファへと腰を落ち着ける。

 そして、その左隣に、私も一緒に座ってみた。


「ええと。本当に、急にどうされました?」

「マイケル殿下と面と向かってお話をしたかったのです」

「ですから、日中でも」

「ここなら、誰の目も気にする必要はありませんよ」


 ぴくりと強張った顔に、私は自然と頬が緩んでしまう。


 昼日中ではだめなのだ。

 太陽の下、使用人達が居るようなその場所では、この男の仮面は剥がれない。

 もっと油断を誘い、じっくり揺さぶり、隙をつかなければ。


「マイケル殿下。国と国との溝を埋めるため、この婚姻を提案したのは、あなた様でしたね」

「そうですね」

「普通に考えれば、私の婚約者となるべきは、あなた様であるはず。ですが、この一週間、誰も私に婚約者が誰なのか、教えてくれませんでした」


 まあ、マイケルは王太子だ。

 敵国の王女を妻に据え、ひいては王妃にするというのは、国として許容しがたいという考え方もあるだろう。

 とはいえ、その懸念があるのであれば、まずは私にそういった説明があるはずだ。


 けれども、この一週間、誰しもが、私の婚約者が誰であるのかという話題に触れようとしなかった。


 わざわざ、遠方から嫁いできた王女に、相手を伝えない。


「それはなぜですか?」


 上目遣いに尋ねると、マイケルは降参したと言わんばかりにため息を吐いた。


「そうですね。あなたには最初から説明しておくべきでした」

「と、いいますと?」

「結婚するなら、あなたと一番相性のいい王子が結婚したほうがいいと考えていたのですよ。ただ、好きな王子を選んでくれと言うのも、あまりにあけすけすぎるかなと思いまして、なかなかお伝えしづらかったのです」


 意外な返事に、私が紫色の瞳をぱちぱち瞬くと、マイケルは肩を落として説明し始めた。


「あなたは、遥々やってきてくれた可愛い僕達のお嫁さんです」

「……」

「大切にしたいと思っています。ですから、あなたの夫となる人物についても、勝手に僕達が決めるのではなく、あなたと心を通わせた王子が居れば、そちらを優先しようと考えていました」

「……僕?」

「!?」


 ハッとした顔でこちらを見たマイケルは、慌てたように目を彷徨わせ、顔を真っ赤にして口元を押さえていた。

 どうやらこの男、「私」が外向けで、「僕」と言うのが素らしい。

 うん、いい感じにボロが出始めている。


 ちなみに、「忘れてください」と言うけれども、これを聞いたのは三回目である。

 そして、この表情がセットである。

 しかも、聞いたのは私だ。

 残念だが、一生忘れることはないだろう。


「それで、私と他の王子が仲よくならない場合はどうするおつもりだったのですか?」

「……実際、どうなのですか? 弟のメルヒオールと仲がいいと聞いています。確か同じ年でしたよね」

「ああ。彼は私と趣味が似ていたので、少し話が合っただけです」

「彼と婚約しますか?」

「メルヒーには他に好きな人が居ますよ」

「!? そ、そうなんですか!?」

「メルヒーだけでなく、私は、あなたの弟と想いあうような関係にはならないと思います」

「……そうですか」

「どうしましょうか」


 彼は少し考えるようにして俯くと、一度頷き、真剣な顔をして私に向き直った。

 アイリス姉さまと同じ色を持つ、金髪碧眼の王子様。

 その顔つきまでがアイリス姉さまに似ていたので、私は居住まいを正す。


 そう、アイリス姉さまに似ているのだ。


 ろくなことを言い出さないときの、アイリス姉さまに。


「あなたが弟達の誰かを選ばないのであれば、自動的にあなたの夫は私に決まります」

「そうですか」

「私はあなたを、幸せにしたいと思っています。あなたは、私のわがままを呑んで、この国まで来てくださった尊い女性だ。だから、女性として幸せになる権利があってしかるべきだと思うのです」


 言葉を選ぶようにして話をするその声は、とても優しい。

 そういうところも、アイリス姉さまに似ている。


 だから、私は少し気を抜いてしまったのだ。


「ですから、私達の結婚は、形ばかりのもの――契約上の結婚としましょう」


「ゲッホゲホゲホゲホ」

「だ、大丈夫ですか!?」

「すみません、喉に何か絡んだみたいで。ええと、何か大変なことをおっしゃったような」

「私達の結婚は契約結婚にしましょう」


 こ、こいつ、二回も言ったぞ。


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