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5 おりこうさんな王太子マイケル



 それから、マイケルは私を、私の自室となる部屋に案内した。

 割ときれいに整えられた、ぜいたくな調度品の置かれた部屋だった。


「……」

「お気に召しませんでしたか? 本当はヴィンセント王国風の部屋にした方がいいかと思いましたが、にわか知識でそういったことをすると返って恥ずかしいことになるかと、ためらわれまして」

「いえ、もっとこう」

「こう?」


 埃だらけで蜘蛛の巣が張っている部屋をあてがわれるのかと。


 そう思った私の頭の中は、どうやら読まれていたらしい。

 特段何も口に出していないというのに、マイケル第一王子はしばらくわたしを見た後、面白いものを見つけたような顔でにこりと笑った。


「せっかく遠くから来てくださったお嫁さんに、そんなひどいことはしませんよ」

「……」

「さあ、荷物を置いたら、こちらへどうぞ」


 そう言うと、マイケル第一王子はせかすようにして私を部屋の外へ促した。


 長旅後で、部屋に着いたばかり。

 こういうときは、少し休む時間をくれるものじゃないのだろうか。


 私は、自分の連れてきた護衛達を見ながら、そんなことを思いつつ、紫色の瞳で隣に立つ金髪碧眼の王子をちらりと見た。


「何か?」

「いえ」

「ふふ」


 私の視線を受けた王子は、なんだか嬉しそうにくすくすと微笑んでいる。


「ヴィオレッタ様は、とても素直で可愛らしい方ですね」


 どうやら、考えていることがわかりやすいと言われたらしい。

 憮然とした気持ちを隠さずに顔をそらすと、隣の王子はなんだかより嬉しそうな顔で笑っていた。


 だいたい、私のことを可愛いと言うのは、アイリス姉さまだけの特権なのだ。

 姉さましか言う人が居なかっただけでもある。

 とにかく、この男は、女たらしだ。

 間違いない。

 野蛮かどうかはわからないけれども、奔放な人物なのだろう。

 要注意である。



「改めまして、ヴィオレッタ様。このたび私共の提案に載ってくださったこと、また長旅の上、この国まで来てくださったこと、本当に感謝いたします」


 応接室にたどりつくと、マイケルは私に、これまでの経緯を話し始めた。


 マグネリア王国が周辺国に対して融和策を進めるようになったのは、マイケルの提案によるものであること。

 今回の縁談についても、マイケルが言い出したことであること。


 私のような女が妻になるなんて可哀そうにと思っていたけれども、そんなことはなかった。

 こいつは自分で勝手に縁談を持ち出していたのだ。

 マチルダお婆ちゃんが私なのだと、三ヶ月くらい誤解させておけばよかった。

 失態である。


「あの、本当に申し訳ない。……その、そんなにご迷惑でしたか」


 迷惑でした。


「迷惑だなんて、そんなことはございませんよ。素敵な縁を結んでいただいたこと、この上なく光栄でございます」


 それだけ述べると、私は出されたクッキーをこれ以上ないほどの素早く力強い動きで咀嚼した。

 その圧力に、マイケル第一王子は目を丸くした後、ハハハと笑いだした。


「これは手ごわいお方だ! ふふ、いいですね」

「……?」

「私はあなたが好きですよ。上手くやっていけそうです」


 そう言って、マイケル第一王子は人好きのする笑顔を浮かべた。

 その笑顔に、なんだか覚えのあるような胸の中がむずむずするような感覚を覚えて、私は目をつぶってその気持ちを抑え込む。


 そして、ああそうだと思い、ぱさり、と黒いヴェールをその場に払いのけた。

 ヴェールの下から現れたのは、黒髪に紫色の瞳の乙女。

 肉がたくさんついた体つきに、ぽってりとした赤い唇が特徴的な、悪夢を体現した悪魔のような女である。

 一応、家族になるからには、この品のない残念な姿も見てもらっておいたほうがいいだろう。


 そう思って姿を現したところ、案の定、目の前のおりこうさんな王子さまは驚いたように目を見開いた。

 しかし、目をそらすこともなく、嫌悪の感情も読み取れない。

 うん、悪くない反応だ。

 ヴィンセント王国で忌避されていたことを思えば、マシなほうだと思う。


「これから、よろしくお願いしますね」


 私は表情筋が死んでいるタイプなのだが、ここぞとばかりになけなしの筋力を使ってなんとか顔に微笑みを浮かべる。


 ここではじめて、柔和一辺倒であったマイケル第一王子から返事が返ってこなかった。

 なんだか、私を見て呆けているようにも見える。


 無理に笑ったとはいえ、そんなに怖かったのだろうか。


 まあ、こればかりは持って生まれてしまったものだから、しかたがないと、諦めることにする。


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