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31 失踪


 アイリス姉さまがいない。


 それは私にとって、この世で一番恐ろしい呪いの言葉だ。


「アイリス姉さま!」


 勢いよく扉を開けた私に、室内にいた侍女達がビクリと体を跳ねさせる。

 そこはアイリス姉様に与えられた客室で、壁の色も、窓から見える光景も、先日、夜通し語り明かした寝台も、記憶のままだ。

 けれども、そこにいるはずの人は、いくら探しても見当たらない。


「アイリス姉さまはどこ」


 息を切らしながら、それだけを告げる私に、蒼白な顔をした侍女達の一人が、手紙と思しき紙を差し出してきた。

 書かれていた内容はこうだ。


 ――探さないでください。


 目の前が真っ赤に染まる。


 ぐちゃぐちゃな何かが頭の中で荒れ狂っていて、考えがまとまらない。


 私のアイリス姉さまが、いない。

 私の、私のなのに、私の大切な、私だけの、私の私の私のアイリス姉さまが――。


「ヴィオレッタ」


 気がつくと、手紙を握りしめる私の右手に、手が添えられていた。

 振りあおぐと、そこにはアイリス姉様と同じ水色の瞳があって、段々と周りが視界に入ってくる。


 ズタズタに切り裂かれた壁紙とカーテン、窓ガラスは割れて、美しい模様の描かれた床の絨毯も破損し、ところどころ捲り上がっている。

 その惨状の中、マイケルだけが傷一つない姿で傍に立っていて、それがとても不思議な光景に思えた。


「……探さないと」

「心当たりはある?」

「探さないと、マイク」

「サスペニア嬢も居なくなったらしい。行き先はおそらく、比重の魔女のところだろう」


 それを聞いて、私は手紙と、周囲の一帯を見渡す。

 けれども、そこには何もないのだ。

 魔力の濁りも、魔女の残り香も、何も残っていない。


「何もありません、マイク」

「ヴィオレッタ」

「痕跡は、何も。私では、探せない」


 そも、相手は腐っても魔女なのだ。

 存在の秘匿を原則とされた地球来訪中の魔女を、魔女ではない私ごときが見つけられるはずがない。

 けれども、見つけなければならない。


 アイリス姉さまを――助けなければ。


 姉さまは知らないのだ。

 人は魔女に近づいてはいけないということの意味を、彼女は知らない。


(なにか……なにか、あるはず……)


 私は爪をかみながら、必死に今までの記憶を走馬灯のように脳裏に巡らせる。


 魔女の手がかり。

 サヴィリアから聞いた内容、比重の魔女、小さくなれる能力、魔力の残り香。

 何か手がかりがあるはずだ。

 だって、どんなに隠密を心がけていても、相手には致命的な欠陥があるのだ。


 すなわち、()()に興味を持ちすぎている。


 魔女の世界の禁忌を犯した、ケイトフランチェスクアレシュリビェナ=レイの周辺事情に――。


「……エクバルト」

「え?」

「エクバルト、が、鉄の――魔道具を、アイリス姉さまに。魔女と、繋がって――」

「……君の、お兄さんのエクバルト殿下? 今は、隣国に居る」

「エクバルトを連れてこなければ」

「ちょ、ちょっと待つんだ、ヴィオレッタ。隣国へは、馬車で半月は」

「走ります」

「まずは電報で聞こう」

「今すぐ行かなきゃいけないんです」

「ヴィオレッタ、息をするんだ」

「邪魔をしないで!」


 思わず叫んだけれども、マイケルは動じることはなかった。

 私の声と共に、床に亀裂が入り、さらに壁が裂けたけれども、彼は私の両肩を掴んだまま、放してくれない。

 浅い息をしながら、ぶるぶる震えている私に、目の前の彼は静かな声で告げた。


「ヴィオレッタ。今、王宮内の兵士にアイリス殿下の捜索をさせている。サヴィリア=サスペニアの調査もだ」

「そんなの、見つかる保証なんて!」

「サスペニア嬢は、魔女は占い師をやっていると言っていた。占いというものは、得てして若者や女性の間で流行ることが多い」


 私が目を見開くと、マイケルは私の目をしっかりと見て、頷いた。


「貴族学園の同級生にも、占いの話をしていた者に心当たりがある。――必ず、アイリス殿下を見つける。君は他に心当たりがないか、考えて」


 ほしい、とマイケルが言い切る前に、私はマイケルに抱き着いて、わあわあ声を上げて泣き出してしまった。

 子どもみたいに泣きわめいている私に、マイケルは何を言うこともなく、周囲の侍従達に捜索に関する指示を出している。


「エクバルト殿下にも電報を。内容は、魔女という言葉は使えないから――」





「――兄上聞いてくださいヴィオレッタとはやはり私が結婚します!!!!!」





 バァーンと大きな音を立てて部屋の扉が開いたので、その場に居る侍従侍女達がギョッと目を剥いた。

 そして彼らは、マイケルとミゲル、マイケルに抱き着いて泣いている私を何度も見返して、すっと床に目を落とした。


 勢いよく扉を開けた本人は、叫んだ内容が内容だけに、マイケルに肩を抱かれながら、えぐえぐ泣いている私を見て、固まっている。

 マイケルは何故か一瞬、鬼のような顔をした後、長いため息を吐いて、彼の弟に向き直った。


「……ミゲル、今はそれどころじゃないんだ」

「な、なにかあったのですか」

「アイリス殿下が居なくなった。おそらく、魔女絡みだ」

「えっ、魔女!? ヴィオレッタの母君のことですか? それとも、別の?」

「え?」

「え?」

「え?」


 ミゲルとマイケルと私は、それぞれの驚いた声に、さらに驚いた顔をして、互いの顔を見返す。

 周囲の使用人達は、動きを止め、呼吸を無にして、その場をしのごうと目を逸らしている。


 シーンと静まり返った室内、その中で最初に我に返ったのはマイケルだった。


「ミゲル。魔女に……心当たりが?」

「えっ、あ、はい。いえ、あの、兄上、人払いを」

「この場に居る者には緘口令を敷いているから気にするな」

「そ、そうですか……ええと、ですね。私が知っている占い師をやっている魔女がですね」


 ミゲルの右腕を、私はがしりと掴む。

 左腕は、マイケルが掴んでいた。


 両脇から私達に拘束されたミゲルは、「ひっ!?」と変な声を上げながら、不安そうに、私とマイケルを交互に見ている。


「なんですか!? どうして腕を? 二人とも目が怖いのですが」

「いいから続きを聞こうか、ミゲル」

「で、でも」

「いいですから、ミゲル殿下」

「……ヴィ、ヴィオレッタの母君が魔女なので、この国の王太子の妻にするのは危険だと告げてきて……王太子の妻でなければいいかなと……」


 私とマイケルは、ミゲルの言葉を聞いた後、目を見合わせ、そしてミゲルに向き直る。

 満面の笑みを浮かべた私達に囲まれたミゲルは、この世の終わりみたいな顔をして震えていた。


「我が弟よ。是非とも、その占い師のところに案内してくれるかな」


 こうして、私達は王都の裏町通りの一角にある、さびれた占いの店に向かうこととなったのである。




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